行政事務の効率化を妨げる日本の戸籍制度、本人確認できなくても婚姻届は受理される

国民IDの議論をする前に、いくつか整理しておくべきことがあります。

その一つが「戸籍制度」に関する問題です。

そこそこ歴史の長い戸籍制度は、国民からの信頼性もそこそこ高いのですが、実はけっこういい加減です。

さらに、中途半端な電子化は進められているものの、情報化・ネットワーク化といった現在では必須の仕組みに対応できていません。

様々な問題に対して、最近になって細かい対応がされてはいますが、「戸」単位で処理すること自体に無理があるため、グローバル化、情報ネットワーク化が進む現代社会には対応できずにいます。

電子政府で問題となる「外字」も、せめて人並みに戸籍が情報化・ネットワーク化・統合化されれば、簡単に解決されるものです。

今回は、そんな戸籍制度の一面をご紹介したいと思います。

●好きな芸能人と勝手に結婚できる?

作者が行政書士をしていた時、戸籍は身近な情報源でした。

「戸籍実務六法」が愛読書となり熟読していくうちに、「よくまあこんないい加減な制度で、これまでやってこれたなあ。」と思うようになりました。

有名な例を挙げれば、

「戸籍上であれば、好きな芸能人と簡単に結婚できてしまう」

「後でウソがばれても、相手の戸籍は汚れてしまうので、バツイチ(っぽい)記録が残る」

もちろん、ウソの届出は「公正証書原本不実記載罪」等で処罰される可能性があります。

刑法157条:
公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、または権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせたものは、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。

いやいや、今は個人情報やプライバシー保護が強化されて、本人確認も厳格になったから、そんなことはできなくなったはず。

と思っていたら、実はそうでもありませんでした。

本人の知らないうちにバツイチになってしまった女子高生(産経ニュース)

これを読んだ時は、加害者である男のアホさ加減に思わず笑ってしまいましたが、被害者本人にとっては全く迷惑な話です。

さて、この記事の日付に注目してください。「2010.5.14 11:58」とあります。

そう。ほんの5ヶ月ほど前の事件なのです。

なぜ、こんな事件が起きたのでしょうか。

●本人確認できなくても、届出は受理(=戸籍簿に記載)される

平成20年5月付けで、法務省民事局から次のような告知がありました。

戸籍の窓口での「本人確認」が法律上のルールになりました

「平成20年5月」って、ほんの2年前じゃん!

それまでは、本人確認もしないで届出を受理していたのかよ!

といった驚きはひとまず置いといて

ここでの内容を簡単にまとめると・・・

・他人の戸籍謄本等を不正に取得する事件が増えている。
・他人が勝手にウソの婚姻届や養子縁組届を提出する事件も増えている。
・なので、誰でも戸籍謄本等の交付請求できるのを止めて、第三者の請求を制限する。
・ウソの届出によって戸籍に真実でない記載がされないようにもする。
・そのために、戸籍届出の際の本人確認を法律上のルールとする。

なんだ、やっぱり本人確認してるんじゃん。

と思ったら、そうでもないのです。

法務省の告知ページにある「戸籍法の改正Q&A」のQ3を見てみましょう。

Q 具体的にはどのような届出について、どのような取扱いがされるのですか。

A 婚姻、協議離婚、養子縁組、養子離縁、認知の5つの届出(以下「婚姻等の届出」といいます。)について、戸籍の窓口に来られた方の「本人確認」を必ず行うことになります。そして、届出のご本人であることの確認ができなかった場合には、確認できなかったご本人(届出人)に対して、「婚姻等の届出」が受理されたことを、届出人の住所地に郵送等により通知することになります。

【一般的な手続の流れ】

(1) 窓口で本人確認ができた場合

市区町村役場に届出 → 本人確認完了 → 書類審査 → 受理決定

(2) 窓口で本人確認ができなかった場合(郵送による届出を含む)

市区町村役場に届出 → 書類審査 → 受理決定 → 届出人に通知書発送

そうです。窓口へ婚姻届を持って来て提出した人が、本人であるかどうか確認できなかった場合、記入漏れ等の不備がなければ、その届出を受理(=戸籍に記載)してしまうのです。

そして、当の本人には、「あなたの婚姻届が受理されましたよ」といった通知が届くだけで、その時にはすでに(婚姻したくもない)相手方と戸籍上の夫婦になってしまっているのです。

普通の感覚で考えれば、まずは本人宛に「あなたの名前で婚姻届が提出されていますが、本当に婚姻の意思がありますか。受理しても良いですか。」と確認すると思うでしょう。

「インターネット上で、本人確認しないで誰でも簡単に入会できるサービス」とかだって、メールで入会の意思確認ぐらいするのですから。

ところが、戸籍では、本人確認はおろか、ネットでもやっている基本的な意思確認すらしないで、「本登録」である「受理」をしてしまうのです。

かくも「ネットよりいい加減な、日本の戸籍制度」のために、本人の知らないうちにバツイチになってしまった女子高生(産経ニュース)のような被害者が生まれてしまうのです。

●被害者なのに、戸籍を元に戻すのはチョー大変!

では、上記ニュースの被害者である女子高生は、どうすれば良いのでしょうか。

その答えも、法務省がきちんとウェブ上で回答してくれています。便利な世の中になりました。

虚偽の届出と戸籍再製申出

これまた簡単にまとめると

・ウソの届出も書面上の不備がなければ受理されて、戸籍に記載される
・本人に婚姻の意思が無ければ、婚姻自体は無効
・婚姻が無効でも、何もしなければ戸籍上は婚姻の記載がされたまま
・戸籍の記載を変更するためには、まず「婚姻無効確認の裁判」(家庭裁判所)をする
・裁判が無事に終わったら、確定証明書等を添えて、市町村役場へ「戸籍訂正申請」をする
・訂正しても、戸籍上は婚姻事項や戸籍訂正事項がみんな残ってしまう
・元どおりのきれいな状態の戸籍に戻したい場合は、さらに「戸籍の再製申出」が必要となる

普通の人は、これを見ただけで挫折しちゃうだろうな。。うん。。

ちなみに、「戸籍の再製」ができるようになったのも、ほんの8年前である「平成14年12月」からです。

それまでは、ウソ婚姻届の被害を受けても、戸籍上のバツイチは消せなかったのでございます。。。

次回は、最近テレビ等でも話題となっている「ネームロンダリング」に触れながら、戸籍の問題点を考えてみたいと思います。

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石原 豊昭
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