脱格差社会と雇用法制

脱格差社会と雇用法制―法と経済学で考える』を読みました。本書では、「解雇規制が格差を拡大する要因となっている」という視点で整理されています。

公務員はリストラできない?でも触れましたが、非正規雇用の増加と、それに伴う給与格差の拡大は、官でも民でも進んでいます。

関連>>雇用者に占める非正規の職員・従業員の割合(PDF:厚生労働省)

格差の拡大については、雇用政策だけでなく、教育政策など様々な要因が考えられているようですが、その一つとして「正社員のコスト」があります。

正社員は、雇用するにしても、解雇するにしても、とにかくコストがかかる。

企業や経営者からして見ると、「派遣やアルバイトで済ませた方が良い」となってしまいます。

参考>>人材派遣と正社員のコスト比較表(ZYX JAPAN)社会保険料から考える正社員人件費の重さと経営に与える影響(JNEWS LETTER)1分あたり人件費から導く無形サービスの適正料金(JNEWS LETTER)

日本では、経済成長を前提とした終身雇用・年功序列が当たり前だった期間が長かったので、それが「既得権益」となっています。

この「既得権益」というのが、まあ実にやっかいで、「一度手にした既得権益は絶対に手放したくない」というのが、人間の性(さが)のようです。

関連>>「終身雇用」は、9割弱の支持を受け、その割合は高まる傾向にある(PDF:労働政策研究・研修機構)

たとえば、同じような仕事をしているのに、正社員は年収800万円で、非正社員が300万円だったとしましょう。(日本では、この給与格差が国際的に見ても大きい。年収で2-3倍ぐらいの差がある。)

経済成長が停滞している状況では人件費を増やすことは難しい。となれば、正社員の給与を減らして、その分を少なすぎる非正社員に与えれば良い。と考えるのが普通というか公正のように思います。

たとえば、正社員の年収を650万円にして、非正社員を450万円にするとか。

ところが、そんなことをしようものなら、正社員が黙っていません。彼らにとっては、「年収800万円」は「既得権益」であり、増えるのが当たり前で、減らすなんて考えられません。

「既得権益」にしがみついている人が、困っている人たち、本当の弱者と言える人たちに、「既得権益」の一部でもいいから分け与えることができれば、今よりも多少は暮らしやすい社会になるんじゃないかなあ。

などと考えていると、高校生の頃に聴いたエコーズの曲に「もう少し詰めれば、もう一人座れる」といったような歌詞があったことを思い出してしまった。。

ウィノナ・ライダーの映画『若草物語』では、主人公の貧しい一家が、ささやかな贅沢を我慢して、もっと貧しい一家を助けていた。こういうアメリカもある。

とは言え、「既得権益」も永遠に続くわけではありません。

「既得権益」にも強い弱いがあって、通常は弱い「既得権益」から無くなっていくもの。正社員の年収800万円という、ささやかな「既得権益」など、簡単に吹き飛んでしまうでしょう。

さらに視点を変えると、年収200万円でも日本国民として平和に暮らせること自体が、「既得権益」と言えなくもない。

今あるもので満たされ幸せを感じられる生活スタイル。自分の実力で得た果実でも、多くの人で分かち合うことが当然と思える価値観。そんなものが、これからの日本に必要となっていくんだろうなあ

関連オススメ書籍>>日本の不平等 格差社会の幻想と未来

“脱格差社会と雇用法制” に2件のコメントがあります

  1. Unknown
    はじめまして。
    非常にいいことを書いておられ感服しました。
    わたしも底辺の人間ではありますが、日本に生を受けた以上は、少しでも日本を良くしたいと願っています。
    たしかに利権を減らさないといけないとは思いますが、裕福な人間ほど欲深くて困ったものです・・・
    わたしとしては、周りを幸せに出来る人が本当の幸福を感じれると思っています。

  2. 幸せ
    ゆきぽんさん、こんにちは。
    コメントありがとうございます。お返事が遅くなりまして、ごめんなさい。。

    周りを幸せに出来る人は、幸せですね。

    逆に、幸せな人は、周囲の人も幸せにしてくれることもあると思います。幸せの感染?ですね。

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