「電子私書箱」から「国民電子私書箱」へ、「役所間の情報共有・連携」が鍵
本ブログでも人気のキーワードとなっている「電子私書箱」ですが、政府内での検討が進み、かなり具体的な形が見えてきました。
サービスとしてはわかりやすいのですが、その仕組みとなると、色んな意味でかなり複雑です。専門家と言われる人たちにも誤解があるようなので、関連する基盤やシステムと合わせて、改めて整理してみたいと思います。
「電子私書箱」について詳しく知りたい人は、まず
デジタル新時代に向けた新たな戦略~三か年緊急プラン~の電子政府に関する部分を読んで、政府全体の意向や流れを理解するのが良いでしょう。
簡単に言えば、景気対策の意向もあって、電子政府にもミニバブルが起きつつあるということです。
その上で、社会保障カード(仮称)の在り方に関する検討会(第14回:平成21年4月16日)の社会保障カード(仮称)の基本的な計画に関する報告書案全体版(PDF)を読めば、もう完璧。
本報告書案は、社会保障カードに関するものですが、電子私書箱に関する最新の検討結果を踏まえており、電子私書箱はもちろんのこと、次世代電子行政サービス基盤、住基カード、公的個人認証サービスといった関連インフラについても図表等で解説している、かなりの優れものです。
さらに詳しく知りたい人は、
電子私書箱(仮称)構想の実現に向けた基盤整備に関する検討会第5回会合(平成21年3月16日)の
・電子私書箱(仮称)構想における民間事業者の参画のあり方
・電子私書箱(仮称)構想の実現に向けた基盤整備に関する検討会報告書案
・電子私書箱(仮称)プラットフォーム基本設計案
を読むと、想定しているビジネスモデルや技術に関する細かい部分までわかります。
●電子私書箱とは
「電子私書箱」については、
検討課題から考える「電子私書箱」のあり方(1):集約する情報やサービスは自分で選べるで、次のように整理しました。
電子私書箱とは
・2010年頃の開始を予定するサービスで
・医療機関や保険者等に個別管理されている情報を
・希望する国民が自ら入手・管理できる
ものであり、
・年金、医療、介護、福祉等に関する個人情報の収集と管理を基礎として
・他分野(民間企業を含む)への2次利用なども検討していく
とされています。言ってみれば、「個人情報の総合管理ツール」ですね。
「電子私書箱」は、政府が現在検討している「社会保障カード」の利用を想定しており、両者はセットになっていると考えて良いでしょう。
今後の電子政府では、業務・システムの最適化を除けば、
・次世代電子行政サービス
・社会保障カード
・電子私書箱
の3つが大きなプロジェクトとなっており、内閣官房を中心として、総務省、厚生労働省といった関係各府省で連携・協力しながら進めていくようです。
●国民電子私書箱とは
最近になって、政府の「電子私書箱」は、「国民電子私書箱」と名前を変え、話が大きくなってきました。上記の3プロジェクトが統合されてきたと言っても良いでしょう。
デジタル新時代に向けた新たな戦略~三か年緊急プラン~では、次のように説明されています。
この国民電子私書箱(仮称)は、
・希望する個人又は企業に提供される
・高度なセキュリティ機能を持った
・電子空間上のアカウントであり、
・従来の「電子私書箱構想」及び
・「社会保障カード構想」を発展させ、
・社会保障分野のみならず、広い分野での
・ワンストップの行政サービスを提供するためのものであり
・「社会保障カードの実証実験の成果も活用しつつ整備する
うーむ、エライこっちゃ。。
電子私書箱は、これまでの「個人情報の総合管理ツール」という枠を超えて、企業も利用者として巻き込みながら、次世代電子行政サービスまでも融合させた、一大プロジェクトになってしまいました。
言ってみれば、「公共サービスの総合口座」という感じでしょうか。
●実現は難しいが、流れとしては正しい
話が大きくなればなるほど、現実からかけ離れたものになってしまうのが電子政府プロジェクトの常なので、「国民電子私書箱」の前途が多難であることは、ほぼ間違いありません。
しかし、個人や企業に口座(アカウント)を与えて、個別サービスを提供するという流れは、電子政府先進国(古くはシンガポール、最近では北欧など)で実践され評価を得ています。
作者自身も、電子政府におけるICカードとPKIの市場(8):電子証明書を活用した電子政府のサービスモデルで、『国民(や企業)一人一人が利用アカウントを持って、好きなサービスを利用できるモデル』を提案しました。
1 マルチチャネル化:好きな方法を選べる
2 マルチストップ化:色んなところから利用できる
3 マルチファンクション化:色んなことをしてくれる
も必要となるでしょう。
●各省庁や業界の意向が見え隠れ?
「電子私書箱」構想では、
・次世代電子行政サービス
・社会保障カード
・電子私書箱
という3つのプロジェクトが相互に関係しているのですが、それぞれの意向や立場は微妙に異なっており、電子政府の勢力図とも言える様相を呈しています。調整役である内閣官房は、苦労していることと思います。
例えば、本人確認(認証)については、「ICカード&PKI(公的個人認証サービスの電子証明書)を使いたい」という業界的な意向がある一方で、「ID・パスワード、携帯やテレビ端末などいくつかの選択肢を利用者が選べるのが良い」といった利用者中心的な考えもあります。作者のオススメは、もちろん後者です。
●「行政機関同士の情報共有・連携」が鍵
この3つのプロジェクトは、「バックオフィス連携」、すなわち「行政機関同士の情報共有・連携」が鍵となります。
日本政府の情報通信ネットワーク基盤は、世界に類を見ないぐらいに整備されており、ほぼ全ての役所が専用ネットワークで繋がっています。
ところが、役所間の縦割りや個人情報保護(の名目?)などを理由として、役所同士の情報共有が進んでいないため、国民は「たらい回し」や「何度も同じことをさせられる」といった不便を受けています。
これを解消しようと言うのが、現在の電子政府における大きなテーマなのです。
この問題に対するこれまでのアプローチとしては、
1 行政機関の情報通信ネットワークを整備する
2 業務やデータ形式の標準化を進める
3 国民ID(国民番号)を付与する
といったものでしたが、どれも失敗に終わっています。
なぜなら、「行政機関同士の情報共有・連携」をしなくても、役所で働く大多数の人は特に困ることも無く、仕事は済んでしまうからです。
もちろん、他の役所との連携が必要な場合もありますが、その時は電話やファックス、電子メール、訪問といった方法が取られます。しかし、できればそんな面倒なことはしたくないわけで、「自分たちの仕事だけしていれば、とりあえずは責任問題にもならない」となるように上手く調整しているわけです。
では、どのようなアプローチが必要かと言えば、答えは簡単。
「行政機関同士の情報共有・連携」をしなければ、仕事が完結しないようにすれば良いのです。
こうなると、「行政機関同士の情報共有・連携」をしないわけにはいかないので、既存の道具を使って一生懸命に共有・連携することでしょう。道具が不便な場合は、道具を改良したり仕事のやり方を工夫するようになります。
このアプローチの基礎となるのは、「行政中心」から「顧客中心」へという考え方の変化です。
このように、電子私書箱で求められているのは、行政自身の意識改革・業務改革であり、費用対効果を無視した巨大なシステム構築ではないのです。