共通番号(国民ID)のすべて、正確な情報の記録に欠かせない「信頼の経路」と「信頼の起点」
共通番号(国民ID)のすべて | |
榎並 利博 | |
東洋経済新報社 |
著者である榎並氏は、共通番号の第一人者であり、本書は氏の集大成的な作品と言えます。長年の研究を基にした考え方は、極端に走ることなくバランスが取れていると思います。
自治体情報システムの開発に従事し、外字問題など現場の事情に精通し、行政経営や地域活性化・地域主権などの視点からも共通番号を語れる人は、そうそういません。共通番号の具体的な利用場面(ユースケース)を考える際には、著者のような人材が欠かせないでしょう。
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本書の構成は、次の通りです。
1 番号制度は、なぜこれまで進まなかったのか
2 なぜ共通番号が必要なのか
3 共通番号の論点を整理する
4 諸外国の番号制度と日本のとるべき道
5 納税者番号とは
6 総合課税と税の公平
7 諸外国における納税者番号制度
8 納税者番号制度の可能性
9 共通番号の市場性と国家財政の再建
10 格差と社会投資、税制論議の方向性
11 新たな情報流通による市場の創出
本書での「共通番号」の定義は、「国民一人一人に一意に付けられ、各分野や制度をまたがって共通で利用できる番号」となっています。
共通番号に対する著者の考え方は、「共通番号は新しい時代の社会契約である」としており、他の番号制度支持者と比べると政治・社会哲学的です。「共通番号が無くてもなんとかなるけど、あったら効率的で便利になる」といった考えとは対極にあると言えるでしょう。
本書の「共通番号の基本的考え方」を引用すると
『共通番号とは、デジタル社会における国民と国家の間における「義務と権利」を明確化する社会契約の番号である。国民は国家に対して納税や法令遵守等の義務を負うとともに、国家によって基本的人権や生命・生活を保障される権利を有する。このような社会契約を締結した証として、各人に交付されるものと位置づけるべきである。』
日本で共通番号を導入する場合は、これぐらい明確なポリシーがあった方が良いと思います。
●正確な記録に欠かせない番号制度
共通番号の導入が無いまま、制度ごとの分野別番号で済ませてきたことで、年金記録問題など国民の権利を侵害する具体的な被害が出てきました。
今回は、「情報の正確な記録」という視点で番号制度を考えてみましょう。
社会保障と税の番号制度、国民ID制度、アイデンティティ連携、議論がかみ合わない理由(後編)で「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」の比較をしましたが、ツイッターで次のようなコメントをいただきました。
『一言でいうと前者はアイデンティティ管理(ID同期)、後者はアクセス管理。』
※上記コメントについては、作者が勘違いしていました。「アイデンティティ連携」が「アクセス管理」で、「識別番号連携」が「アイデンティティ管理(ID同期)」だそうです。てっきり、「アイデンティティ連携」では、「本人がアイデンティティを管理して自身の責任で同期を行う」という意味かと思ってました。失礼致しました。なお、行政・公共情報の連携では、DB間のデータ連携や同期だけでなく、DBの整理・統合という視点も必要です。榎並氏の本では、「医療保険資格統合データベース化」が提案されています。
例えば、年金記録の場合。データベースに記録する情報は、ある時は電子データで、ある時は紙の書類として、色んなところから集まってきます。これらの情報を正確に記録するためにも、「識別番号連携」が必要になります。
例えば、次のような情報が来ました。
情報その1
氏名:牟田学
氏名ふりがな:むたまなぶ
住所:神奈川県横浜市1-1-1
生年月日:1970年1月1日
情報その2
氏名:牟田学
氏名ふりがな:むたがく
住所:神奈川県横浜市1-1-1
生年月日:1970年1月1日
両者は同一人物だったのですが、ふりがなを間違えた書類だったため、別の人物として記録されてしまいました。
※氏名の「ふりがな」「よみがな」には法律の根拠が無いので、「正確な読み方」は存在しないとも言えます。
さらに次のような情報が来ました。
情報その3
氏名:牟田学
氏名ふりがな:むたまなぶ
住所:東京都千代田区1-1-1
生年月日:1970年1月1日
この人物は、情報その1と同一人物だったのですが、昔の住所が書かれていたために、別の人物として記録されてしまいました。
さらに次のような情報が来ました。
情報その4
氏名:山田学
氏名ふりがな:やまだまなぶ
住所:神奈川県横浜市1-1-1
生年月日:1970年1月1日
この人物は、情報その1と同一人物だったのですが、結婚して氏が変わったため、別の人物として記録されてしまいました。
さらに次のような情報が来ました。
情報その5
氏名:牟田学
氏名ふりがな:むたまなぶ
住所:神奈川県横浜市1-1-1
生年月日:1970年1月1日
情報その1
氏名:牟田学
氏名ふりがな:むたまなぶ
住所:神奈川県横浜市1-1-1
生年月日:1970年1月1日
と比べても全く同じ。今度こそ同一人物として記録されると思ったら、情報その5の氏が外字で記録されていたために、別の人物として記録されてしまいました。
これは極端な例なので、実際にはここまでお間抜けな間違いが起きるわけではありません。しかし、正確な情報を記録するのは、とても大変であることはわかると思います。
いよいよ「識別番号連携」の登場です。識別番号があると、どうなるでしょうか。
情報その1
年金番号:12345
情報その2
年金番号:12345
情報その3
年金番号:12345
情報その5
年金番号:12345
識別番号である「年金番号」により、コンピュータで簡単に名寄せができて、全て同一人物として正確に記録されました。めでたし、めでた・・・ん、情報その4はどこへ行ったの?
情報その4
年金番号:56789
なんと、同一人物なのに、別の識別番号が付けられていました。
かくして、情報その4は「消えた年金記録」として、情報大航海へと旅立ってしまったのでした。。
さて、なぜこのような間違いが起きたかと言うと、「信頼の経路」が途中で切れてしまったからです。
先の情報を、今度は住民票コードも加えて並べてみましょう。
情報その1
年金番号:12345
住民票コード:24680
情報その2
年金番号:12345
住民票コード:24680
情報その3
年金番号:12345
住民票コード:24680
情報その4
年金番号:56789
住民票コード:24680
情報その5
年金番号:12345
住民票コード:24680
住民票コードが全て同じ、つまり全て同一人物であることがわかりました。
この場合「信頼の経路」は
氏名や住所や生年月日>年金番号>住民票コード>住民基本台帳>戸籍
となります。”>”が「紐付け」を意味します。
年金記録問題により「年金番号>住民票コード」で「信頼の経路」が切れていたことがわかりました。つまり、いい加減に年金番号を付番していたのです。まあ、基礎年金番号よりも後に住民票コードができたので仕方が無い感じもしますが、住民票コードができた時点でしっかり「紐付け」しておくべきでした。
日本人の場合、「信頼の経路」をたどって行って、最終的に「信頼の起点」である「戸籍」にたどり着ければ、「信頼の経路」が切れていない、つまり「情報が本人と結びついている」ことになります。年金記録のように国民の権利と密接に結びついている情報は、内容の正確性だけでなく、「情報が本人と結びついている」ことが重要になります。
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●「信頼の起点」が信頼できない?
「信頼の経路」には、別の問題も発生しています。
それは、高齢者所在不明問題などにより、「信頼の起点」である「戸籍」や、「住民サービスの起点」となる「住民票」の信頼性が危うくなっていることです。
110歳以上の年金受給者の緊急安否確認結果について、生存確認・実在確認の難しさでも触れましたが、住民票や戸籍といった「国民や住民に関する基本的な登録情報」を完全に事実と一致させて、それを維持していくことは不可能ですし、そんな国はどこにもありません。日本の「戸籍」や「住民票」は、諸外国に比べれば良い方です。
しかし、行政の事務は、基本的には住民票や戸籍の記載内容が事実であり、「情報が本人と結びついている」ことを前提にして処理されます。
ですから、登録されている内容が事実とあまりにも異なっていたり、登録時の本人確認を怠って成りすまし等が多くなってくると、年金給付や行政サービスなど国民の生活に具体的な影響や被害を与えるようになります。
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こうなると、もはや「戸籍」が「信頼の起点」であり続けることが困難になり、「住民票」も「住民サービスの起点」として機能しなくなります。
「信頼の起点」が崩れてしまうと、その上に乗っかっている住民基本台帳や年金記録も一緒に崩れてしまいます。
共通番号の検討をきっかけとして、「戸籍」や「住民票」の信頼性の維持・向上について、そのデータベースの管理方法も含めて、見直すようになってくれることを願います。