社会保障・税の番号制度、ユースケースが重要とされる理由
社会保障・税番号要綱、プライバシー専門家の影で政府は笑うに対して、読者の方からいくつかご質問をいただきました。良い機会なので、もう少し詳しく説明しておきたいと思います。
●「識別番号連携」と「アイデンティティ連携」が混在してしまった経緯
現在のように、「識別番号連携」と「アイデンティティ連携」がゴチャゴチャのまま、制度設計が進められることは、あまり好ましくないと考えています。順番で言えば、「識別番号連携」を済ませてから、「アイデンティティ連携」について検討すれば良いと思います。
ただ、「将来的には民間との連携も視野に入れる」としたので、プライバシー保護等の観点から「アイデンティティ連携」が同時進行で検討されることになったのは、致し方ないとも思います。官民連携サービスを考えた場合、「アイデンティティ連携」の活用は特に有効だからです。
過去に実施された電子政府事業の流れを受けたことも、番号制度に「アイデンティティ連携」の話が組み込まれた理由の一つでしょう。
「識別番号連携」と「アイデンティティ連携」の比較表で見るとわかりますが、「社会保障カード」や「電子私書箱」といったもので「アイデンティティ連携」が活用されています。両事業とも実現には至りませんでしたが、この二つの事業における検討が、現在の番号制度における「アイデンティティ連携」に少なからず引き継がれていると理解しています。
時系列で見ていきましょう。
作者が、電子商取引推進協議会(ECOM)の認証公証WGに参加して、SAML利用検討におけるユースケース(電子申請サービス)のお手伝いをしたのが、2003年6月頃です。この当時は、電子政府でも「アイデンティティ連携」が使えるんじゃないか、ぐらいの話だったと思います。
電子政府で「アイデンティティ連携」の話が具体化してきたのは、2006年あたりでしょうか。
例えば、「社会保障カード」の検討は2006年頃からで、2009年には社会保障カード(仮称)の基本的な計画に関する報告書が出され、2010年には実証実験の成果が発表されています。「国民電子私書箱」は、「社会保障カード」より少し遅れて2008年から検討会がスタートし、2009年に報告書が出ています。
ちょうどこの時期(2006-2009年)にかけて、OpenIDが盛り上がってきました。日本でも2007年に導入が始まり、2008年にはOpenIDファウンデーション・ジャパンが設立されています。
「アイデンティティ連携」の盛り上がりと共に、電子政府に対する働きかけも活発化してきました。一部の電子申請における公的個人認証サービス等を用いた認証方法が、利用低迷の一因となっているといった指摘もあり、「アイデンティティ連携」を使って利用者中心のサービスを実現するべきといった主張も出てきました。
原口総務大臣(当時)へのアプローチで、総務省のグローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース「地球的課題検討部会」に、電子政府推進対応ワーキンググループが設置されたのも、その一つです。
その当時、IT政策に対する原口大臣の影響力は大きく、その流れを受けて2010年5月に原口ビジョンIIと新たな情報通信技術戦略が発表され、2010年6月の新たな情報通信技術戦略工程表(PDF)で「国民ID制度の導入と国民による行政監視の仕組みの整備」が決定されました。
この「国民ID制度」が「社会保障・税の番号(共通番号)」が合体したことで、現在のような「アイデンティティ連携」と「識別番号連携」とが混在した状況になってしまったと理解しています。
●「識別番号連携」と「アイデンティティ連携」の役割分担と使い分けが大切
先述した通り、「識別番号連携」と「アイデンティティ連携」がゴチャゴチャのまま、制度設計が進められることは、あまり好ましくありません。なぜなら、「識別番号連携」と「アイデンティティ連携」の比較表にあるように、両者の得意とする分野は異なるからです。両者の役割分担が不明確なまま同時進行すると、お互いの良いところを殺してしまいかねません。
「識別番号連携」である「社会保障と税の番号」は名寄せ(「情報共有」と言っても良いでしょう)を効率的に行うための番号です。他方、「IDコード」を含む「情報連携基盤」は「アイデンティティ連携」であり、名寄せを防ぐための仕組みです。名寄せするために付けた番号に対して、「アイデンティティ連携」で名寄せさせないようにすることは、アクセルを踏みながら同時にブレーキを踏むようなものです。
ですから、「法令で名寄せが許され、かつ実務処理において名寄せが行われているデータ」については、「社会保障と税の番号」を紐付けて(または置き換えて)、業務に必要な範囲で「社会保障と税の番号」を使ってどんどん名寄せするのが正しいのです。社会保障・税番号要綱、プライバシー専門家の影で政府は笑うで書いたように、政府が「情報連携基盤」が無くても「社会保障と税の番号」で名寄せできる仕組みを作っているのは正しいのです。
他方、「法令で名寄せが許されていないデータ」については、例え社会保障や税の分野であろうと「社会保障と税の番号」を紐付けるべきではありません。「社会保障と税の番号」を紐付けるのであれば、まず「法令によって名寄せが許されるデータ」としてからでなければいけません。
「法令で名寄せが許されていないデータ」だけど、行政事務を処理する上で何らかの情報連携が必要な場合は、「アイデンティティ連携」である「情報連携基盤」の出番です。現在検討されている「情報連携基盤」が「アイデンティティ連携」の仕組みとして優れているかどうかは別として、「法令で名寄せが許されていないデータ」についても情報連携できるようにしておくことは、名寄せが安易に拡大されてしまうことを防ぐためにも、それほど悪いことではありません。
●ユースケースが重要とされる理由
社会保障・税の番号制度を作り上げていくためには、「ユースケース(具体的な事例)の検討が重要である」といったことが言われます。その理由の一つとして、「識別番号連携」と「アイデンティティ連携」の役割分担を明確にしてくれることが挙げられます。
ユースケースを検討することで、どの機関が保有するどんなデータが「法令で名寄せが許されて、かつ実務処理において名寄せが行われているか」がわかってきます。つまり、
・どのデータに「社会保障と税の番号」を紐付けて良いのか(いけないのか)
・どのデータに「社会保障と税の番号」を紐付けると、より効果的なのか
・どのデータに「社会保障と税の番号」を優先的に紐付けるべきなのか
がわかってくるのです。
「社会保障と税の番号」を既存の番号と紐付けることは、大変な作業となります。社会保障分野だけでも50の制度で90の番号が使用されているわけですから、優先順位を決めて計画的に紐付けしていかないと、いつになったら「社会保障と税の番号」が使える(国民や社会の役に立つ)のやらわかりません。その他にも、「情報連携基盤」で利用される「リンクコード」を既存の番号(税・社会保障分野以外の名寄せが許されていない番号)に紐付ける作業もあります。
政府は、社会保障・税の番号制度を「財政再建を含む社会保障と税制度の抜本的な改革」を実現するための手段と考えていると思いますので、紐付けの優先順位もそれに従ったものとなっていくことでしょう。もちろん、「リンクコード」の紐付けは後回しになるでしょう。
●どこまで名寄せが許されるのか
「どこまで名寄せが許されるのか」は、確かに難しい問題です。今は「法令で名寄せが許されていないデータ」も、将来的には「法令によって名寄せが許されるデータ」になるかもしれません。「法令によって名寄せが許されるデータ」が増えれば増えるほど、フラットモデル(共通番号制度)に近づいていきます。
まあ、日本が他国から侵略されて独裁国家にでもならない限り、いきなりフラットモデルにはならないので、そこは安心して良いでしょう。フラットモデルを推奨する人も、そこまで極端な人はいません(少なくとも私の周囲では)。もちろん、「名寄せ=悪または不要」と考えて、「アイデンティティ連携」だけで十分という人もいるでしょう。
「法令によって名寄せが許されるデータ」を増やしていくのか、それとも減らしていくのか。最終的には、社会や国民的な合意を取りながら、政府が決めていくことになるわけですが、個人的には「法令によって名寄せが許されるデータ」が増えていき、「識別番号連携」を活用する場面が多くなってくると予想しています。オランダでは、1986年に納税者番号として始まった番号が税務・社会保障番号となり、20年以上経過した2007年に「市民サービス番号」になりました。
将来的には、電子化・ネットワーク化・クラウド化が進んでいくのだから、その視点では「アイデンティティ連携」が有望なのですが、少子高齢化が急速に進み国の経済力や競争力が低下していく日本においては、政府への依存度が高く、紙やオフライン処理とも親和性の高い「識別番号連携」がその成果を発揮しやすくなっていくように思います。諸外国の番号制度を見ると、何らかの「危機感」「危機的状況」が制度導入や利用範囲拡大のきっかけとなっています。
政府が保有する個人データの利用については、強力な第三者機関を設置しようと、複雑な情報連携基盤の仕組みを作ろうとも、最終的には「行政や政府を信頼してください」という話になります。
データをがんばって保護することも大切ですが、情報公開や国民による政府への監視・参画を強化していく中で、政府が保有する情報を積極的に有効活用していくことの方が、より良い社会を実現できるのではないかと思います