現代の軍事戦略入門、クラス内における「いじめ対策」に適用したら・・・

現代の軍事戦略入門: 陸海空からサイバー、核、宇宙まで
エリノア スローン (著)
芙蓉書房出版

カナダのカールトン大学の政治学部教授で、軍事や安全保障の専門家であるエリノア・ストーンによる現代の軍事戦略入門書。

本書は、冷戦後の軍事戦略理論の変遷を簡潔に説明するもので、国際的にも高い評価を受けているそうです。孫子やクラウゼヴィッツといった古典にも触れながら、核戦力と抑止論、サイバー戦争、宇宙パワーなどの現状や基本的な考え方を解説しています。

多くの人命を失うことになる戦争は、個人にとっては常に最悪の選択肢ですが、国家としては常に戦争を含む安全保障を考え準備しておく必要があります。

本書の訳者が指摘するように、人類や日本の長い歴史から見れば一時的で特殊な時代・状況である「戦後」の価値観に流されず、極端な平和主義でも軍国主義でもない、中庸な立場から冷静に戦略を考える必要があるでしょう。

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本書にある「軍事戦略」は、下記の階層にある通り、国の政策や大戦略の下位にあり、個別具体的な作戦や戦術の上位にあります。

★戦略の階層(エドワード・ルトワックなど)
世界観:Vision
国家政策:Policy
大戦略:Grand Strategy
軍事戦略:Military Strategy
作戦:Operation
戦術:Tactics
技術:Technique

例えば、中国の孫氏は、世界観や国家政策との関係を重視した戦略家として有名です。

戦争の多くが、国の平和や安全を維持・獲得するために行われてきたことを考えると、軍事戦略は「平和戦略(最小のコストで望まれる平和な状態を実現する)」でもあると言えます。

電子政府を考えた場合、国が安全保障や社会保障制度や経済や行政改革などの政策を決定する中で、政策を実現するための基本計画(大戦略)を策定した後に、ITや電子政府に特化した戦略を考えることになります。

政策や基本計画の策定までは政治の役割であり、戦略については専門家が策定し実行していくことになります。

軍事戦略の場合は、専門の教育・訓練を受けた軍人や軍隊(日本の場合は自衛官や防衛省)という専門家や組織がありますが、電子政府の場合は、日本の政府に専門家や組織が無いので、電子政府の戦略を策定するのに苦労してきた経緯があります。

2013年には、ようやく政府CIO制度ができましたが、組織としては「室」レベルであり、IT総合戦略本部の事務局を担ってきた内閣官房の情報通信技術(IT)総合戦略室と変わるものではありません。

もちろん、基本計画の策定についても、それに応えられるだけの素養を備える政治家が少なかったことも影響しています。

来年から利用が始まるマイナンバー制度は、戦略の下位にある、具体的な「作戦」や「戦術」を実行するためのツールですが、税や社会保障・防災・行政改革など複数の政策や戦略で必要となるため、今後の日本にとって重要な社会基盤と位置づけられています。

テクノロジーの進化は、軍事戦略にも大きな影響を与えており、ネットワーク化や装備のハイテク化により、統合理論の発展がありました。脅威の多様化への対応としてITへの期待が高いことは、市民ニーズの多様化に対応する政府や自治体がITに期待することと似ています。

本書のあとがきでは、今後の戦争・戦略のあり方や望ましい方向性について、まとめてありますが、身近な問題にも応用できそうです。

例えば、対反乱作戦についての考え方を、学校のクラス内における「いじめ対策」に適用した場合、クラスの責任者である担任の先生は、

1 まず初めに、被害者の安全を確保する
2 そのために、教室内に安全な領域を確立する
3 安全と安定の範囲を徐々に拡大していく

教室内に安全な領域を確立するためには、現実的な空間(場所)と作戦に協力してくれる人を確保する必要があります。

協力者は、被害者でも直接的な加害者でもなく、いじめに否定的な考えを持ち、クラス内で一定の尊敬を集める生徒(スポーツや勉強ができる、人柄が良い等)を複数選び、個々に協力を依頼します。

協力者(最低でも3人以上)が決まったら、被害者を含めて作戦会議を行い、教室内に安全な領域を確立し、加害者の攻撃から被害者を守るための(暴力を使わない)方法を決めます。

例えば、席替えを行い、教室内の前方で入口と反対側の窓に近い位置に被害者の席を定めて、被害者を協力者で囲むように席を配置します。加害者(通常は複数)は、被害者から離れた席に、各人がバラバラになるように配置します。

教室内にいる時に、被害者が加害者から直接的な攻撃を受けそうになったら、被害者は「やめて」と言葉で拒絶の意志を明確に伝え、協力者も「やめろ」と加害者の行為を否定する意志を、クラスの他の生徒にもわかるように伝えます。

これだけでも、授業中など教室内にいる時の被害者の安全性は格段に高まるでしょう。

ここまで上手くいったら、クラス内の協力者を増やし、安全な領域を拡大していきます。その後は、クラス外や学校外の協力者を増やし安全領域を拡大していきます。

上手くいかない場合で、改善しても成功が見込めない場合は、別の作戦を考えます。

他方、加害者グループに対しては、徹底的な情報収集を行います。一人ひとりの性格、家庭環境、クラスや部活内での位置づけ、グループ内の役割などの情報から、いじめを行う理由や目的を推測し、一人ひとりに対して効果的な措置を考えます。

この作戦の問題点は、「担任の先生には時間的にも能力的にも荷が重い」ということです。

学校の先生は、教えることの専門家ではあっても、いじめ対応の専門家ではありません。

何でもかんでも担任の先生に押し付けるのではなく、専門家の育成や活用を進めるべきであり、それを考えるのは、政策や基本計画を決める政治家の役割ということです。