「マイナポータル」に期待するのは「次世代電子政府の実験場」の役割
「マイナポータル」新機能を6カ月で構築、内閣府がDreamforceで語る
http://ascii.jp/elem/000/001/584/1584032/
「マイナポータル」の電子申請機能「ぴったりサービス」の基盤をセールスフォースで構築し、6カ月という短期間で稼働させたと。申請フォームの画像データをAIを用いて解析し、個人情報や電子サービスを標準化するなど、今時の流れにのっていますね。
(1)日本の電子政府とセールスフォースの関係
日本の電子政府におけるセールスフォースの活用は、実はかなりの歴史があります。
まず2007年に、日立ソフトウェアエンジニアリングと日本郵政公社の民営化に伴うシステム開発(顧客対応管理)で実績を作り、2009年には、NTTコミュニケーションズと共同で開発した「山梨県甲府市の定額給付金支給管理システム」を稼動させました。続く2010年には、経産省等の「エコポイント申請サイト」をわずか1ヶ月ほどで開発しています。さすがに1ヶ月では、既存の電子政府ベンダーは参加できなかったでしょうね。
ここまでは、公社(共同開発)>自治体(共同開発)>中央政府(単独開発)と順調に進んできたと言えるでしょう。特に、開発するシステムが一過性の制度に基づくものだったり、緊急時の非常に短期間での開発を迫られている場合などは、PaaSやSaaSで実績のあるセールスフォースの活用は有効でした。
2010年6月には、ここまで進んだ“クラウド政府” 定額給付金やエコポイントでも適用、米国では「最初に検討せよ」という日経ビジネスの記事も出ています。私のブログでも、「定額給付金がスタート、電子政府にもビジネスチャンス」を書きました。定額給付金の時に指摘された「海外企業であることの不安」を払拭するために、2011年には日本国内にデータセンターを稼働させています。
しかし、上の記事でも触れられているように、いわゆる「パブリック・クラウド」の利用について、政府があまり積極的ではなかったこともあり、その後、日本の電子政府の分野でセールスフォースの名前を聴く機会は少なくなりました。実際、千葉市の「ちばレポ」(2014年)は少し話題になったものの、「静岡県の防災情報システム」や「熊本県阿蘇郡西原村の罹災申請受付システム」など、自治体における事例が少し見られるぐらいでした。
そうした経緯を考えると、今回の「マイナポータル ぴったりサービス」でのセールスフォース活用は、かなり画期的な試みだと思います。新たな電子行政の方針(サービスデザイン思考による行政サービス)として、「デジタル・ガバメント推進方針(2017年5月)」を政府が決定したことも大きいですね。
(2)電子政府サービスにおける開発手法のあり方
電子政府の開発については、2007年に次のように整理しました。
電子政府サービスにおける開発手法のあり方(1):全体の流れの中で「開発」を考える
電子政府サービスにおける開発手法のあり方(2):今後の注目は「レンタルモデル」
電子政府サービスにおける開発手法のあり方(3):プロトタイプモデルによる電子政府サービスの作り方
電子政府サービスにおける開発手法のあり方(4):最適な開発手法の選択は、「サービス」を育てる発想で
正直、ここまで時間がかかるとは思いませんでしたが、今後の日本の電子政府でも「パブリック・クラウド」の利用が進めば、電子政府サービスの開発に大きな影響を与える可能性があります。
(3)マイナポータル苦難の道の始まり
マイナポータルは、「LINEとの連携」も開始するなど、民間サービスの活用で、これまでの電子政府サービスとは異なる雰囲気があります。
それでは、マイナポータルは、これから優れた電子政府サービス、電子政府ポータルになっていくのかと言えば、依然として「非常に難しい」と思います。
「ぴったりサービス」はとても良くできていると思いますが、現時点では「グーグル経由で、自分の住む自治体のウェブサイトを見る」のと、それほど違いはありません。実際の申請を行なうとなれば、利用者の前に「電子申請の壁」が立ちはだかることになります。
これには本質的な問題があります。本ブログでも取り上げることの多いエストニアと比較とした場合、次のようになります。
エストニア
・シンプルな制度について
・シンプルな情報システムで
・シンプルなサービスを提供する
日本
・複雑な制度について
・複雑な情報システムで
・複雑なサービスを提供する
今回のようにセールスフォースを活用すると、上記の一部が「シンプルと複雑の混合」となり、次のようになります
・複雑な制度について
・シンプルと複雑が混合する情報システムで
・シンプルと複雑が混合するサービスを提供する
「ぴったりサービス」では、自治体ごとにバラバラで標準化もされていない制度について、セールスフォースの活用により、がんばって「シンプルなサービス」を実現しています。別の言い方をすれば、「セールスフォースのサービスが、国内外での官民事例を経て成長・進化してきたことが大きい」のだと思います。
しかし、それは「ぴったりサービス」を単体として見た場合であり、利用者視点でサービス全体を見ると、「シンプルと複雑が混合するサービス」になってしまいます。
つまり、「複雑な制度」や「複雑な情報システム」が変わらない限り、その結果として導き出されるサービスは、どうしても「複雑なサービス」になる可能性が高いということです。
(4)マイナポータルへの期待
現在の日本で、「複雑な制度」や「複雑な情報システム」を変えていくことは難しく、マイナポータルが苦難の道をたどることは避けられないと思います。しかし、その一方で大きく期待するものもあります。それは、「次世代電子政府の実験場」としての役割です。
マイナポータルとそれに付随する各種サービスについて、様々なチャレンジを行なうことで、日本の次世代電子政府が進むべき方向性を示して欲しいのです。
今後、ビッグデータやAIの活用が進めば、「複雑な制度」や「複雑な情報システム」を変えないままで、「全体としてもシンプルでシームレスなサービス」を実現できるかもしれません。そこで生まれた「全体としてもシンプルでシームレスなサービス」が、「複雑な制度」や「複雑な情報システム」を変えていく可能性もあるでしょう。