インターネット上の海賊版対策は「ブロッキングありき」で考えておいた方が良い
合憲性巡り紛糾 「ブロッキングありき」の事務局案 YOMIURI ONLINE
https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20180914-OYT8T50016.html
事務局から示された中間まとめ案に対して、ブロッキング反対派の委員から削除や修正を求める声が相次いだと。
宍戸教授「ブロッキングの議論が不十分だと明記すべき」 中間まとめ案に反発続出、平行線のまま最終局面に – 弁護士ドットコム
https://www.bengo4.com/internet/n_8545/
こちらでも同様に、中間まとめ案への反発が大きかったとあります。
今回の会議資料は、下記で入手できます。
知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会
インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)(第7回)平成30年9月13日
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2018/kaizoku/dai7/gijisidai.html
これまでの議論は、下記で確認できます。
インターネット上の海賊版対策に関する検討会議
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/
個人的には、「ブロッキングに係る法制度整備」について、どちらでも良いと思っています。確かに、「通信の秘密」や「表現の自由」といった憲法で保障される基本的人権に関係する問題ではありますが、「ブロッキングに係る法制度整備」が実施されたとしても、それほど大きな影響を与えるものではないと考えるからです。むしろ、恣意的にブロッキングが実施されることを防止し、法的な安定性を向上させる観点から言えば、「ブロッキングに係る法制度整備」を行なった方が良いと思います。
今後の展開については、簡単に言えば「政府(与党)がブロッキングに係る法制度整備が必要と考えていれば、それは実現される」と思います。日本は三権分立による法治国家ですし、法律や制度を実現するのは国会だからです。
全体像を見ると
上記の記事にある検討は、「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」で行なわれていますが、この会議はかなり下位の検討会(タスクフォース)に過ぎません。
まず、内閣に「知的財産戦略本部」があり、次に「検証・評価・企画委員会」があります。
この「検証・評価・企画委員会」の役割は、「知的財産政策ビジョン」に係る各種施策の実施状況の検証・評価を行い、その実効を確保するために必要な措置を検討するというものです。
「知的財産政策ビジョン」は、次のような記述があります。
『リーチサイト等を通じた侵害コンテンツへの誘導行為について法的措置が可能であることの明確化や、サイトブロッキングの法的根拠の明確化等、悪質な海賊版サイトへの多層的かつ実効性のある対抗手段の導入に取り組む。』
思いっきり「サイトブロッキングの法的根拠の明確化等、悪質な海賊版サイトへの多層的かつ実効性のある対抗手段の導入」とあるので、この時点ですでに「ブロッキングありき」なんですよね。
さらに「検証・評価・企画委員会」の中に「コンテンツ分野を取り扱う会合」があり、この会合の下にようやく「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」が出てきます。
関連>>知的財産戦略本部の検討体制
「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)の設置について」を見ると、次のように書いてあります。
インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)
デジタル・ネットワーク時代において、マンガ、アニメ、映画等クールジャパンをけん引するコンテンツを利用した多様なサービス展開が期待される一方、インターネット上の海賊版による被害が拡大を続けている。
特に、昨今、運営管理者の特定が困難であり、侵害コンテンツの削除要請すらできないマンガを中心とする巨大海賊版サイトが出現し、多くのインターネットユーザーのアクセスが集中する中、順調に拡大しつつあった電子コミック市場の売り上げが激減するなど、著作権者、著作隣接権者又は出版権者の権利が著しく損なわれる事態となっている。これら著作権者等の更なる権利侵害の拡大を食い止めるとともに、安全なインターネット環境を実現するため、インターネット関連事業者、コンテンツ産業関連事業者、有識者が集い、従来の対応に加え、新たな対策を緊急に講じるための枠組を検討することとする。
「従来の対応に加え、新たな対策を緊急に講じるための枠組を検討する」とあるので、この「新たな対策を緊急に講じるための枠組」が、まさに「ブロッキングに係る法制度」なのではないかと推測できます。
こうした全体像を見ると、現在のタスクフォースに対して、「ブロッキングありきじゃないか!」といった主張は、間違いとは言いませんが、あまり的を得た主張ではないと思います。つまり、「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」は、そもそも「ブロッキングありき」の検討会だったということです。
ブロッキングに反対する人たちの中には、この検討会で「どうにかできる」「ブロッキングを阻止できる」と考えていたのかもしれません。
残念ながら、それはあまりにも可能性が低いものです。なぜなら、政府が欲しいのは「新たな対策を緊急に講じるための枠組」だからです。
それでは、政府がなぜ検討会に「ブロッキングに反対する人たち」や「比較的、中立・慎重な人たち」を参加させていたかと言えば、単純に「ブロッキングに係る法制度」を「より良いもの」「バランスの取れたもの」にするためです。これは「できレース」とかそういうことではなくて、「検討会やタスクフォースは、重要な政策決定を行なう場ではない」という当たり前のことです。
検討会においては、「ブロッキングに係る法制度」が、一部の業界や権力によって、恣意的に運用されないようにするためには、どうすれば良いのかについての具体案を積極的に提案することこそが、「ブロッキングに反対する人たち」や「中立・慎重な人たち」に求められた役割だったということです。少なくとも私自身は、そのような役割と実行力を期待していました。
もし「ブロッキングを阻止したい」のであれば、可能性は低いですが、政府に直接働きかけるしかありません。「党内や知的財産戦略本部に強い影響力を持つ、与党の政治家や派閥に対して、ロビー活動を行なう」ということです。
はじめから負け戦だった?
このような全体像を見なかったとしても、「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」(平成30年4月知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議)が発表された前後から、「ブロッキングに反対する人たち」の主張は、あまり一貫性のあるものではなく、すでに負け戦だったように思います。ディベート的に言えば、データもワラントも弱いということです。
上記の緊急対策に対して、「緊急避難とは解釈できない」「諸外国では法令に基づいて実施されている」といった主張は、「それなら、やはりブロッキングに係る法制度が必要ですね」と反論されてしまいます。
「ブロッキングよりも効果的・効率的な方法がある」といった主張は、「ブロッキングに効果が無いこと」の論拠にはならないので、「悪質な海賊版サイトへの多層的な対抗措置として、それらの方法と併せてブロッキングも実施すれば、より効果は高いですね」となってしまいます。
「そもそも、ブロッキングには全く効果が無い」といった主張も、「それなら、どうしてインターネット上の児童ポルノ流通対策としてブロッキングが実施されているの?」「全く効果がないと知りながら、インターネット業界は、通信の秘密や表現の自由といった人権を侵害する行為を行なっているの?」と反論されてしまいます。
「ブロッキングは通信の秘密や表現の自由といった人権を侵害する行為なので、少なくとも著作権侵害に対抗する手段として認められない」といった主張も、「日本より人権保障が進んでいるとされるEUでは、ブロッキングに係る法制度を認めているけど、EU加盟国は人権侵害国・人権後進国なの?」と反論されてしまいます。
ブロッキングありきで考えた場合の対応策
現在の状況では、「ブロッキングありき」で考えておいた方が良いと思うので、その場合の落としどころを考えてみましょう。
結論から言えば、「(警告など慎重な運用を前提とした)ウェブサイトへのアクセス制限の法制化」+「資金源対策」が良いのではないでしょうか。
「諸外国におけるインターネット上の著作権侵害対策調査」、「オーストラリアにおけるサイトブロッキング制度と我が国著作権法制への示唆」、「英国におけるサイトブロッキング法制とその運用状況について」などを見ても、かなりの国で「ウェブサイトへのアクセス制限の法制化」が行なわれており、その上で実際にアクセス制限を行なうことについては、慎重に運用されていることがわかります。
サイトブロッキングの手法はいくつかありますが、基本的には回避できます。しかし、それをもって「効果が無い」と考えるのは、少し違うように思います。
悪名高き?「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」が発表されたことで、ブロッキング対象ドメインと名指しされた「漫画村」、「Anitube」、「Miomio」の海賊版サイトは、短期間で廃止に追い込まれました。
これらの海賊版サイトは、そもそも違法行為と知りながら、薄利多売で「ハイまたはミドルリスク、ローリターン」の犯罪ビジネスを行なっているわけですから、政府から「悪質な海賊版サイト」として名指しされるだけで、(特に広告効果が見込めるであろう人たちを中心とした)利用者・アクセス数が減少し、資金源となる広告配信も困難になり、あっという間に「割に合わない行為」となってしまうことが、今回のブロッキング騒動でわかってしまいました。
「法的根拠に基づくブロッキングの実施」という手段を持つことで、その手段を使わずとも、かなりの効果が期待できるのではないかということです。
ブロッキング問題の検討については、ぜひとも犯罪心理学や行動経済学といった観点からの議論も進めて欲しいと思います。