健全な電子政府を実現するための5原則:特別定額給付金から考える日本の電子政府のあり方とは
特別定額給付金のオンライン申請が、あまり良くない意味で話題になっています。
電子政府という言葉が使われ始めた2000年代の始めごろから、今までに何十兆円もの税金が使われてきたことを知っている身としては、国民の怒りはもっともだと思いますし、世間の人は「いまだに、こんなことをやっているのか?」と不思議に思うでしょう。
特別定額給付金のオンライン申請の実態については、「給付金で大混乱「市役所窓口」のヤバすぎる内情」や「なぜ10万円給付に時間がかかるのか|東修平(四條畷市長)」などにより、自治体側の事情も少しずつわかってきました。電子政府や電子自治体の中の事情について、ある程度知っている人であれば、「やっぱり。。」と思ったかもしれません。
国の事情については、あまり明らかにされていませんが、この短期間でシステム構築したことだけを考えても、かなり無理があったのは確かでしょう。
つまり、今回の電子申請システムを作った国やベンダーが一方的に悪いわけではないのです。問題の根は深く、ちょっとやそっとのことでは解決できないということです。
そして、もう一つ大切なことがあります。それは、このように誰も幸せにしないような電子政府や電子申請を作ったことの責任の一端は、国民自身にもあるということです。住基ネットやマイナンバー制度に反対した国民により、電子政府がゆがめられてきました。現在の電子政府を取り巻く環境を選択したのは、国民自身なのです。
「新型コロナの問題で注目されるマイナンバー制度への誤解と過度な期待」で書いたように、日本に健全な電子政府が実現されていれば、今回の給付金のオンライン申請は、次のようになります。
1 マイナポータルから「お知らせメール」が届く。
2 マイナポータルにログインする。
3 「特別定額給付金支払い」について、「○月○日に○○銀行の○○名義の普通預金口座XXXに振り込みます」とオンライン通知が届いている。
4 口座の変更をしない場合は、「承諾」ボタンをクリックして電子署名すれば申請が完了する。
5 指定された日に、給付金が振り込まれる。
なぜこれができないかは、様々な理由がありますが、要は「電子政府がうまく機能していない」ということです。
今回の特別定額給付金のオンライン申請については、国や自治体の中の人たちが分析・改善してくれると思いますので、私の方では、もう少し全体的かつ中長期の視点から、「健全な電子政府では、どのようにオンライン申請が処理されるか」を見える化することで、「これからの日本の電子政府のあり方」を提案したいと思います。
健全な電子政府とは
その前に、私自身の電子政府に対する考え方を明らかにしておきたいと思います。私が考える電子政府が目指すものは「より多くの人たちを幸せにすること」です。国民はもちろんのこと、公務員を始めとした公的業務に関わる人たち、社会の中で大きな声を挙げられない少数派の人たちなど、できる限り多くの人たちを幸せにすることに、電子政府の意義があります。
今回の特別定額給付金オンライン申請のように、私が強く関心を持っているエストニアでは全く問題にならないことで、多くの国民や公務員が苦労し疲弊して、両者の関係性が悪化しているという不幸な状況は、「健全な電子政府」とは対極にあるものです。
このように「誰も幸せにしない電子政府」に、貴重な人的資源、時間、税金が使われている状況は、一刻も早く何とかしなければいけません。
健全な電子政府による給付金オンライン申請
健全な電子政府による給付金オンライン申請のイメージは、だいたい次のようなものです。
1 給付金申請に必要な、住民情報や口座情報が自動的に「給付金管理システム」に集まってきます。この時に所得情報があると、所得が少ない人たちへ優先的に通知・給付することができ、過度なアクセス集中を避けることもできます。
2 集められた情報を基に「給付金管理システム」は、マイナポータルに給付金が準備できたことを通知します。
3 マイナポータルから、住民に「給付金の準備ができた」旨の通知(メールやSNS等)を送ります。
4 住民はマイナポータルにログインして、内容を確認して「承諾(申請)」します。
5 申請情報はマイナポータル経由で「給付金管理システム」に送られ
6 財務省の電子納付システムに支払いが依頼されて
7-8 住民の預貯金口座に給付金が振り込まれて、支払いが完了します。
9-12自治体が対応するのは、何らかの事情で預貯金口座が作れない人やホームレスの人たちなど、特別なケアが必要な人たちに限られます。
整備が必要なシステム
健全な電子政府で「不可欠な基盤となるシステム」は、「全国住民データ管理システム」と「公的給付等の全国口座管理システム」です。
「全国住民データ管理システム」は、オンライン処理や自動処理を前提とした、全国の住民データを管理するデータベースです。これまで自治体ごとにバラバラに管理されてきた住民基本台帳と戸籍を統合して、個人単位で住民データを利用できるようにします。これまでの戸籍は「文化財」として保護すれば良いでしょう。
「公的給付等の全国口座管理システム」は、特別定額給付金に限らず、年金、児童手当、生活保護など、公的な給付等の受取り用口座の情報を、公的な給付等を支払う側で共有できる仕組みです。定期的な給付はもちろん、今回のような有事の臨時的な給付を迅速かつ正確かつ低コストで実行できるようになります。本人の同意があれば、勤務先からの給与振り込みなどで利用しても良いでしょう。
「給付金管理システム」は、「不可欠な基盤となるシステム」ではありませんが、一度作っておけば、同じような用途で再利用できるでしょう。
健全な電子政府を実現するための5原則
健全な電子政府を実現するためには、いくつかの譲れないルール(原則)があります。
★原則1:公的業務におけるマイナンバー利用の義務化
現在のように、「マイナンバーを見せない」「マイナンバーを使わせない」では、マイナンバー制度を導入した意味がありません。「マイナンバーを使わずにID連携する」という考え方は、「マイナンバーが不要である」ということです。マイナンバーがある以上は、しっかり使えるようにしましょう。マイナンバーがしっかり使えるようになって、それでもどうしても解決できない問題があれば、その時に「マイナンバーを使わずにID連携する」を考えれば良いのです。
日本のように氏名や住所で使われる漢字に「ゆらぎ」がある以上、少なくとも公的業務を処理したり依頼する時は、「必ずマイナンバー(という重複しない識別子)を使って、個人を特定・識別しなければいけない」をルールとします。このルールを徹底することが、個人の権利やデータを保護するために必要不可欠となります。
当然、マイナンバーに関する「特定個人情報」といった括りは不要になります。通常の個人情報として保護すれば良いのです。多くの人や企業が、過度なマイナンバー保護の事務処理から解放されます。
★原則2:公的業務の処理はインターネット利用が前提
インターネットの利用なしに、健全な電子政府は実現できません。公的業務の処理に関係する情報システムは、全てインターネットの利用が前提となり、この前提に基づいたセキュリティ対策やトラスト制度を考える必要があります。リスクを最小化して、事案が発生した際は、被害を最小限としながら、早期に回復できるようにします。
★原則3:全住民によるマイナンバーカード取得の義務化
国の安全保障と国民の権利保護の観点から、マイナンバーカード取得は義務とするべきです。マイナンバーカードという名称を止めて、「住民IDカード」にするのが良いかもしれません。
カード取得が義務になれば、自治体に無理のない期間を設けて計画的に発行することができます。マイナンバーカードの交付枚数を増やすことが目的化して、そのための施策に税金や人的資源が浪費されることもなくなります。
★原則4:氏名の読み仮名(カタカナ)を公式のデータ項目とする
マイナンバーで個人を特定・識別した場合でも、外字問題など漢字が抱える「ゆらぎ」を無くすことはできません。「健全な電子政府」は、「漢字に依存しない仕組み」を確立することが必要不可欠となります。
その一つが、「氏名の読み仮名を法律上のデータ項目とする」です。現在の戸籍や住民票には氏名が記載されていますが、「氏名の読み仮名」は法律上の記載項目ではありません。
これまでの行政では、「氏名、住所、生年月日、性別」が、個人を特定・識別するための情報(本人確認情報)でしたが、「健全な電子政府」では、「マイナンバー+氏名のフリガナ」が本人確認情報になります。
現在の公的個人認証の署名用電子証明書には、発行(シリアル)番号に加えて、「氏名、住所、生年月日、性別」が記録されていますが、「マイナンバー、氏名のフリガナ」の2情報だけで良いのです。これにより、今よりも電子署名が広く利用できるようになるでしょう。
★原則5:住所への識別番号付与とオープンデータ化
「漢字に依存しない仕組み」を確立するためには、氏名だけでなく、住所データをデジタル化する必要があります。
具体的には、住所ごとに重複しない住所識別番号(address-ID)を付与した上で、標準化した全ての住所データをオープンデータとして公開し、定期的に更新します。
このような「健全な電子政府」を実現していいる国は、すでに存在しますし、今後ますます増えていくことでしょう。日本でも、中長期の視点と強い意志をもって、「健全な電子政府」を実現して欲しいと思います。
しがらみの多い日本で、「健全な電子政府」を目指すことは、一見すると遠回りに思えるかもしれません。実現不可能とあきらめる人もいるでしょう。それでも、私は「健全な電子政府」を目指すべきだと思います。もうこれ以上、電子政府で苦しむ人たちを増やすのは止めましょう。