日本で公金受取口座の登録を正確に行うことは難しい

マイナ、家族の口座多数 公金受取登録 確認仕組みなし 国調査着手:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/DA3S15653803.html

マイナンバー 公金受取口座に家族名義の口座登録を確認 | NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230604/k10014089111000.html

公金受取口座として家族の口座が登録されていることは、以前から河野大臣の記者会見でも説明されてましたが、あまり報道されなかったですね。公金受取口座の登録簿はデジタル庁が一元管理しているので、政府はこの登録簿に同一の預貯金口座があるものを優先して調べるとしています。

現在のマイナンバー制度では、預貯金口座のマイナンバー登録が義務ではないので、他人名義の口座をシステムで正確にはじくことはできません。氏名の漢字がカナになっても、確認できるのは氏名が同じかどうかだけです。正確な本人名義口座の登録ができないのは、郵送で通帳のコピーを送ってもらう、あるいは本人が窓口に通帳を持参して、その口座情報等を職員が目視で確認して登録しても同じことです。

できるのは「本人が自分の口座なので、ここに振り込んで欲しい」というリクエストに基づいて「たぶん本人名義なのだろうという口座に振り込むこと」だけなのです。

「たぶん本人名義なのだろう」の精度を、今よりも上げることは可能です。例えば、「デジタル庁が持っている本人の氏名以外の本人確認情報(生年月日や住所など)」と「銀行等が持っている本人確認情報」を照らし合わせて、一致しない場合は「本人名義と認めない」とする方法が考えられます。

しかし、この方法でも銀行等が最新で正確な本人確認情報を持っているわけではないので、「たぶん本人名義なのだろう」というのは変わりません。さらには、「本当は本人名義の口座なのに、本人名義の口座と認められない」という別の問題も引き起こしてしまいます。

エストニアでは、各種給付等の振込み先の口座を「氏名と個人識別コード」で確認することで、確実な本人名義口座への支払いを実現しています。「氏名と個人識別コード」は、本人の電子証明書に記録されているので、電子認証や電子署名を行えば、コンピュータで機械的に同一性を確認・処理することができます。

日本の共通番号制度の検討は1960年代から始まりましたが、大きく注目されたのは、1980年の「マル優とされた非課税貯蓄の仮名口座防止のためグリーン・カード制度(少額貯蓄等利用者カード)」の導入案です。今で言うところの「マネーロンダリング対策」ですが、怪しい口座を持つ人は国会議員を含めて多数いるわけで、当然に反対・廃案となりました。

参考:納税者番号制度の導入と金融所得課税  国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 475(MAR.18.2005)

現在は、以前より預貯金口座の開設時の本人確認が厳しくなりましたが、厳しくなったと言っても、欧州などと比べるとユルユル状態です。また、厳しくなる前の本人確認ガバガバだった預貯金口座はそのまま残っています。

現在起きている公金受取口座の誤登録の問題は、半世紀前から指摘されていた問題を先送りしてきたことの当然の帰結と言えるでしょう。根本的な問題の解決方法としては、エストニア方式が考えられます。すなわち、

1  国会議員・地方議員、国と地方の公務員、検察・裁判官、警察・税務職員、医師など、公的業務に従事する人に対して、マイナンバーカードの取得と利用を法令で義務付ける。

2  1が完了した後に、預貯金口座のマイナンバー紐づけを義務化して、一定期間内にマイナンバーの紐づけができない口座は凍結する。

3   2が完了した後に、改めて公金受取口座の登録を行う。

 

公金受取口座について

公金受取口座については、以前Facebookやツイッター等で投稿したものを、こちらにも掲載しておきます。

マイナポータルでは、氏名、生年月日その他一般的に個人を識別できる情報を収集していないので、公金受取口座登録があった銀行口座の名義(漢字やカナの氏名)を検証することができません。

マイナポータル個人情報保護方針(プライバシーポリシー)
https://img.myna.go.jp/html/kojinjouhouhogo.html

 

マイナポータルが保有しているのは「利用者証明用電子証明書のシリアル番号」だけなので、マイナポータルにログインしている人が画面上で入力する氏名や生年月日や住所などが、マイナポータルで管理する利用者アカウントに紐づいた個人の氏名や生年月日や住所と同一なのかを確認できないのです。

いわゆる「ゼロトラスト」の考え方で言えば、「ログインした後は何でもできる」という状態は望ましくないので、公金受取口座の登録や変更など、「利用者の権利義務に影響を与えるような行為」を求める場合は、改めて認証または署名により本人確認や意思確認を行う必要があります。ログアウトしなかったからと言って、別人が公金受取口座の登録申請ができてしまうのは、単純な設計ミスと言えるでしょう。

公金受取口座登録制度は、「公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律」を根拠とするもので、内閣総理大臣(デジタル庁)の所管です。文字通り、公的給付の支給等を受け取るための預貯金口座を登録するもので、登録できる口座は一つだけとなっています。公金受取口座として登録できる口座は、本人名義の個人用口座に限られています。

公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=503AC0000000038_20220617_504AC0000000068

公金受取口座登録制度
https://www.digital.go.jp/policies/account_registration/

公金受取口座として登録できる口座は、本人名義の個人用口座です。
https://www.digital.go.jp/policies/account_registration_faq_02/

 

登録された預貯金口座の情報は、「公的給付支給等口座登録簿」に記録されます。「公的給付支給等口座登録簿」には、金融機関名・支店名等、預貯金の種別(普通・当座)、口座番号、名義人(カナ氏名)など預貯金口座の情報だけでなく、 氏名(及びカナ氏名)、住所、生年月日、マイナンバー、連絡先などの個人情報も一緒に記録されます。

公的給付支給等口座登録簿に記録される項目一覧(公金受取口座の登録情報一覧)
https://www.digital.go.jp/policies/account_registration_list/

 

2023年5月現在、公金受取口座の登録には、次の2つの方法があります。

1 マイナポータルでの登録
2 所得税の確定申告(還付申告)の際の登録

マイナポータルから行うオンライン公金受取口座登録は、マイナポータルとは別の「口座情報登録・連携システム」で処理されます。「口座情報登録・連携システム」は、デジタル庁が提供する「公金受取口座を登録・管理するためのシステム」です。利用規約を見ると、法律で定める「公的給付支給等口座登録簿」とそのインターフェース用アプリケーションのようです。

口座情報登録・連携システム利用に関する利用規約
https://img.myna.go.jp/html/account_registration_riyoukiyaku.html

「口座情報登録・連携システム」では、マイナポータルでは行っていない「個人情報の収集」を行います。個人情報の収集は、利用者本人が入力する他に、マイナンバーカードの記録事項の読取り、機構への本人情報の開示請求、他の行政機関や金融機関等からの提供など、様々な方法により行われます。

プライバシーポリシー(口座情報登録・連携システム)
https://img.myna.go.jp/html/account_registration_privacy.html

登録される預貯金口座の情報が正確なものか(他人の口座ではないか等)の確認は、「口座情報登録・連携システム」を管理するデジタル庁の責任になります。「口座情報登録・連携システム」では、登録申請を受付した後、デジタル庁において預貯金口座の実在性を確認するなど、申請のあった情報の審査が行われます。この審査に通過すると、口座情報と本人情報等が登録されて、公金受取口座の登録が完了します。

口座情報の登録を終えてからしばらく経つのですが、処理中のままです。いつ完了のステータス表示に変わるのでしょうか。
https://faq.myna.go.jp/faq/show/5447?category_id=224&site_domain=default
口座情報の登録申請時に入力された預貯金口座の実在を確認するための照会ができなかった場合は、翌日以降、システムが自動で照会を行います。照会完了までに数日を要する場合がございます。照会が終わりましたら、口座登録ができたこと、またはできなかったことをマイナポータルのお知らせ機能でお知らせをします。なお、登録する口座によって、口座登録完了までに期間を要することがあります。

登録申請の審査では、

・申請内容に誤記、記入漏れまたは虚偽がないか
・登録申請のあった預貯金口座が実在しているか
・登録が口座登録法の要件に合致しているか

などを確認しますが、この審査を怠ると、別人の預貯金口座が登録されてしまう可能性が高くなります。

ここで気になるのは、公金受取口座の登録で、別人の口座情報を誤って登録するミスが複数あったというニュースです。この誤登録が、「登録完了」したものなのか、それとも「登録完了」の前に登録申請の審査等で発見できたものなのかで、問題の大きさが変わってきます。「登録完了」した誤登録であれば、「審査が適切に行われていない」ことを意味するからです。

マイナンバーでまた「ひも付け」ミス、公金受取口座に別人情報を誤登録
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20230523-OYT1T50135/

なお、この審査をすり抜けて、別人の預貯金口座が登録されてしまっても、実際に自治体などが公的給付等を行う際に、振込先の口座確認を行えば、「氏名も異なるような全くの別人に給付されてしまう」といった被害は、ほとんど起きないでしょう。通常、市町村では、住民基本台帳の管理において住民票の記載事項ではない「氏名のフリガナ」を使用しているからです。「氏名のフリガナ」があれば、口座の実在性の確認に加えて、名義人(カナ)の一致・不一致を確認することができます。

氏名のフリガナに誤りを発見したとき|富士見市
マイナンバーカード交付申請書のフリガナ表記について
https://www.city.fujimi.saitama.jp/kurashi_tetsuzuki/02todokede/jusho_koseki/shimin_furigana.html
当市では住民票上には記載されませんが、住民基本台帳システムにおける検索項目の一つとして氏名のフリガナを使用しております。
マイナンバーカード交付申請書に記載されているフリガナは、当市が住民基本台帳システムに登録しているフリガナが表記されています。
このフリガナは点字表記にのみ使用され、カード内には記録されません。点字表記を希望されない場合は、正確な表記と異なっていてもそのまま申請書を使用して頂いても支障はありません。

振込データ一括口座確認機能
https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/account_verification/

いずれにしても、公金受取口座の別人情報の誤登録については、一般的なセキュリティ対策を行い、デジタル庁が適切な審査を行っていれば、かなりの発生を防ぐことができたものだと理解しています。