電子政府におけるICカードとPKIの市場(4):問題の多い「健康ITカード」

電子政府におけるICカードとPKIの市場(3):ICカード化が進む公的な身分証明書」の続きです。今回は、新たな公共ICカードとして注目される「健康ITカード」を紹介しておきましょう。

●「健康ITカード」とは

「IT新改革戦略 政策パッケージ」の決定でも触れましたが、「健康ITカード」とは、個人の健康情報の閲覧・管理に使用するカードです。

「健康ITカード」があれば、インターネット等を経由して、個人の生涯にわたる健診情報・診療情報等にアクセスし、電子的に入手・管理できるようになるとされています。

ウェブ上のサービスを利用(ログイン)する方法としては、「ID・パスワード」が主流ですが、「健康ITカード」を「アクセスキー」とすることで、「健康ITカード」を持っていないとサービスを利用できない(個人の医療情報を閲覧できない)となるわけです。

自身の医療情報を閲覧・管理できる仕組みは必要と思いますが、上記のようなサービスを国民が本当に望んでいるのかは微妙なところです。

関連>>患者本位の医療サービスの本命となる「現代版健康手帳」(ITmedia)
ICカードの代わりにドコモの電子証明書を使って、携帯電話からのアクセスを可能にしている事例

 

「健康ITカード」に関するシナリオは、かなり複雑ですが、基本的な考え方としては

1 医療・介護・年金等の分野にICカードを導入したい
2 社会保障番号を導入して、国民の管理を統合化したい

といった感じでしょうか。

関連>>医療・介護サービスの「質向上・効率化」プログラム(仮称)のメニューについて(経済財政諮問会議)
「目指すべき将来の姿(概ね今後5年間のアクションプランを作成)」の中で、次のように提示。
 将来、ICカードを、個人がITにより健康情報を活用する際のアクセスキーとしての機能を含め多機能化して活用することについての検討が必要。また、こうしたIT化の進捗を踏まえ、「社会保障番号」や、ITを活用した個人の社会保障の給付と負担に関する情報提供について検討が必要。

医療に限っても被保険者(外国人を含む)の数だけ、医療・介護・年金・労働保険等の分野を統合するカードになれば、ほとんど国民の数だけ枚数を稼げるので、国内最強の市場規模と言えるでしょう。

★各種保険の被保険者数等(平成17年度)
・国民健康保険:約4,015万人
・政府管掌健康保険(医療):約1,909万人
・政府管掌健康保険(介護):約938万人
・老人保健医療受給者証の交付数:約1391万
・国民年金:約6,578万人(第1号被保険者は2,139万人)
・厚生年金保険:約3,312万人(適用事業所数:163万事業所)
・雇用保険:約3,400万人(平成15年度)
・労働者災害補償保険:約4,790万人(平成15年度)
・基礎年金番号の付与件数:約1億426万件(平成18年度)

「健康ITカード」の形態については、まだ不明確で、今後少しずつ明らかにされてくると思いますが、現在公開されている資料を見ると、なんとか「高機能ICカード+PKI電子証明書」にしたいという政府や業界の意向が伝わってきます。

 

●ICカードが無くても大丈夫?

作者自身は、ICカードの導入については、かなりの慎重派です。

「ICカードありき」の考え方が好きではありませんし、ICカードの導入は、税金の費用負担だけでなく、利用者側(医療現場、国民等)の作業・費用負担も大きいからです。

実際、資格過誤に伴うレセプト返戻の解消を図る「医療保険被保険者資格確認検討会のとりまとめ(平成18年9月22日)(PDF)」では、

・被保険者証の券面に2次元コード(QRコード)装着することを提言
・被保険者登録状況のオンライン照会の実現を提言
・資格過誤のレセプト返戻が91%解消されるとの効果を見込む

としており、ICカードの導入を勧めていません。高価なICカードを導入しなくても、問題は解決できるとしているのです。ただし、

・政府が推進する「社会保障分野のICカード化」に合わせて、QRコードをICチップに切替える

としています。つまり、

ICカードが無くても問題は解決できるけど、政府が「社会保障分野のICカード化」を進めたいようなので、それに合わせられるようにしておきましょう。

ということです。

この結果、現在は

・平成18年度中に被保険者証の券面に装着させる二次元コード(QRコード)の標準を示す
・平成20年度に、二次元コード(QRコード)を被保険者証の券面に装着させることを一部保険者に義務化する
・将来的には被保険者証のICカード化を検討する

となっています。

関連>>2次元コードの基礎知識 : バーコードホットライン

 

●利用者不在の「健康ITカード」

ICカードについては、交通機関系の電子マネーや、キャッシュカード、クレジットカード、企業の社員証などで利用が拡大していますが、高機能なICカードと電子証明書を組み合わせて、個人情報を管理するような利用は進んでいません。

国民や社会が、高機能なICカードや電子証明書を活用できる態勢になく、その準備もできていない状態で、「健康ITカード」を導入することは非常に危険な行為と言えるでしょう。

政府や一部の業界の意向に惑わされること無く、国民や医療関係者の視点に立ったICカードの活用を強く望みます。

★参考資料
「医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン」について(平成19年3月27日 厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/03/h0327-3.html

「社会保障番号」に関する実務的な議論の整理について(平成18年9月22日 経済財政諮問会議)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2006/0922/agenda.html

医療制度改革大綱(平成17年12月1日 政府・与党医療改革協議会:PDF)

標準的な健診・保健指導 プログラム(暫定版)(PDF)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/06/dl/s0613-8d01.pdf

平成17年度 国民健康保険(市町村)の財政状況について
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/01/h0112-4.html

政府管掌健康保険の平成17年度単年度収支決算の概要(PDF)
http://www.sia.jp/infom/press/houdou/2006/h060803_1.pdf

平成17年度地域保健・老人保健事業報告の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/c-hoken/05/index.html

社会保険事業状況(平成17年5月現在)(PDF)
http://www.sia.go.jp/infom/tokei/geppou/ge1705/nenkin.pdf

厚生年金保険に関する行政評価・監視〈評価・監視結果に基づく勧告〉
http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060915_1.html

平成17年版 社会保障統計年報 第Ⅲ部 社会保障関係統計資料編
http://www.ipss.go.jp/s-toukei/j/17_s_toukei/17_3_4.html

納税者番号制度に関する資料(財務省)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/nouzei.htm

住民基本台帳カード・国民健康保険証等連携検討会報告書

次回は、「健康ITカード」と共に新たな公共ICカードとして注目される「在留カード」を取り上げてみます。

“電子政府におけるICカードとPKIの市場(4):問題の多い「健康ITカード」” に3件のコメントがあります

  1. IP-VPN網は?
    むたさん たびたびですみません。

    QRコードは導入しやすくていいですね。

    ちょっと気になったのがセキュリティ強化のためにIP-VPN網を使うとなっていましたが、まあ病院は経済力があるから協力するのでしょうが、ある程度投資してもメリットはかなりあると考えていいのでしょうか?

  2. セキュアな通信環境
    sagoさん、こんにちは

    コメントありがとうございます。

    GW中は周囲が静かで良いですね。

    IP-VPN網の投資は、将来的には必要と思いますが、被保険者の資格確認に限った場合は、特に必要ないと思います。

    最近は、多くの病院が財政難ですから、QRコード読取装置や情報処理システムすら導入できない・・・となるかもしれませんね。

    次のような仕組みであれば、資格確認でIP-VPN網は必要なく、通常のインターネット環境で足りるでしょう。

    ★機器等がある医療機関では

    ・QRコードで資格確認&患者情報の自動入力

    ★QRコードの読取装置等がない診療所等では

    ・インターネット経由で保険者番号やカード番号(被保険者証記号)を入力して、資格の有効性を確認

    ・参照システムでは保険者情報の閲覧はできない

    ・保険者番号やカード番号の有効性だけ確認できる

    ・照会の際に、患者の氏名や生年月日等の個人情報を送信しない

    日本は技術力もお金もあるので、新しい技術やモノを作りたがる傾向にあります。

    しかし、そうした恵まれた環境では、創意工夫が生まれにくく、過度な投資が行われる可能性も高くなります。

    もっと枯れた技術を活用して、アイデアとやる気で勝負して欲しいのですが

  3. ケータイでピッとはいかない
    むたさん ありがとうございます。

    QRコードのイメージとして、ケータイでピッとできそうな気がしますが、まだそんなものはでてきてないのでしょうね。

    ケータイでインターネットするのに長いURLを打ち込まずにすむだけか。

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