電子政府におけるICカードとPKIの市場(6):まだまだ高価なICカード、導入は慎重に
『電子政府におけるICカードとPKIの市場(5):外国人の管理を強化する「在留カード」』の続きです。今回は、「ICカードの導入コスト」について考えてみます。
結論から言いますと、ICカードはまだまだ高価であり、公共分野への導入は慎重に進めるべきと考えます。
●ICカードは一枚いくら?
カードを発行する場合、大きく分けて選択肢は3つあります。
1 ICカード
2 磁気カード
3 その他カード(バーコード、2次元コード、記録装置なし等)
ICカードは、高機能、高セキュリティ、大容量(記録できるデータ量が多い)、高価格といった特徴があります。
関連>>ICカードの特徴(日本ICカードシステム利用促進協議会)|磁気カードとICカードの違い(日本ユニシス)|住基カードのセキュリティについて(PDF)
カード単価としては、
・ICカード:数百円~1000円ぐらい
・磁気カード:100円前後
・その他カード:数円~100円ぐらい
カードの素材としては、
・プラスチックカード
・紙カード
があり、紙の方が安価となっています。
関連>>カード (Wikipedia)|即時発行できるカードのラインナップ(共同印刷株式会社)
費用対効果が最も高いのは、「紙カード(コーティング加工)+2次元コード(QRコード)」の組み合わせと言えるでしょう。
これなら、かなりのデータ量を記憶できて、一枚あたり数十円~100円ぐらいで済みます。
ICカードも低価格化が進んでおり、機能や記憶容量を限定し、大量受注することで、一枚あたり200円を切るものも出てきました。
関連>>ICキャッシュカードのラインナップを拡充(2007年03月02日 凸版印刷)
ちょっと前までは、一枚500円~2000円ぐらいといった感じでしたが、時代の流れは速いものですね。
●実際に導入すると、価格が数十倍に?
ICカードの単価は、数百円~1000円ぐらいであっても、実際に導入すると諸々の経費がかかり、価格は大きく変わってきます。
例えば、住基カード。
平成19年4月2日現在の住民基本台帳カード委託発行業務価格表(PDF)を見ると、一番安くて600円からですが、個別ロゴや点字エンボスを入れると2800円ぐらいになります。
点字エンボスは希望者だけとしても、通常は自治体の個別ロゴを入れますので、住基カードの発行価格は、一枚あたり800円か900円になります。
住基カードの交付手数料は500円ですから、自治体側の人件費等を別にしても、一枚あたり300円~2400円の赤字となるわけです。この赤字を補填するのは、もちろん税金ですね。
次に、国家公務員身分証ICカード。
国家公務員身分証のICカード化に係る平成17年度予算概算要求状況(PDF)を見ると、経済産業省が「身分証ICカードの発行」として約2100万円の予算を要求しています。
府省別職員数(人事院)によると、経済産業省の職員は約1100名となっていますので、「2100万円÷1100名」の単純計算で、職員一人あたり約19000円となります。
非常勤職員等を含めても、国家公務員身分証ICカードの発行は、一枚あたり1万円はかかると考えて良いでしょう。
上記の2例は、いずれも「電子証明書」を格納した場合の値段となっていません。
さらに電子証明書入りのICカードとなると、一枚あたりの価格は数万円となってしまう可能性があります。
このように、ICカードの単価が数百円~1000円ぐらいであっても、実際に導入する場合は、一枚あたり千円~数万円と考える必要があります。
●どんぶり勘定が目立つ、政府の試算
ところが、政府の試算は、かなり楽観的です。
例えば、社会保障番号」に関する実務的な議論の整理について(経済財政諮問会議)では、「社会保障番号」の導入経費の試算で、カード一枚10円で計算しています。
1億2600万人×10円=12億6000万円
一枚10円は、紙カードでも難しいでしょうに
もし「社会保障番号」が導入されるとしたら、ICカードが採用される可能性が高く、その場合は、
1億2600万人×(千円~数万円)=1260億円~数兆円
ひ~
と書いているだけで、ちょっと怖いぐらいの金額です。。
もちろん、枚数が増えればカード単価も下がりますが、それでも千億円単位の市場にはなるでしょう。
これだけの金額が動くわけですから、社会保障や医療分野のICカードには、樹液に群がる昆虫のように、たくさん企業や人が集まってきます。
「利用者なんて不在で良いから、じゃんじゃんICカードを発行すれば良いじゃん」なんて困った考えが出てきたとしても、「まあ無理もないなあ」と思ってしまいます。
●求められるのは、利用者の視点と費用対効果の検証
ICカードを有効に活用すれば、行政サービスの質を向上し、国民の生活をより豊かで便利にしてくれる可能性があります。
しかし、「ICカードありき」の発想で、多額の税金を使って公共分野にICカードをばら撒いていけば、一部の企業や団体の利益にはなりますが、国民や行政の利益にはなりません。
長期的に見ると、多くの国民が公共ICカードへの不信感を募らせ、ICカードの有効活用を妨げることにもなりかねません。
まだまだ高価なICカードですから、導入にあたっては、利用者のニーズや費用対効果などを十分検討するようにしましょう。
ところで、作者が住む川崎市では、来月から「市民カード」を使った証明書の自動交付サービスが始まります。
この「市民カード」は、ICカードではありませんが
・カードの発行が無料
・印鑑登録カードと統合
・外国人も利用できる(住基カードは日本人のみ)
・電子申請サービスと連携
といった特徴があります。
国への対抗心から、住基カードを使わずに、あえて「市民カード」を発行するといった施策は、もちろん良くありません。
しかし、利用者のニーズや利便性、費用対効果などを考えた上で、住基カードを使わずに「市民カード」を発行するという選択は、「より良い電子政府・電子自治体の実現」にとっては、とても良いことと思います。
公共ICカードが「ばら撒き事業」にならないように、国民みんなでチェックしていきましょう
次回は、最終回として、「PKI電子証明書」を活用した電子政府のサービスモデルについて考えてみたいと思います。