情報システムに係る政府調達制度の変遷(1):安値入札がもたらしたもの

電子申告に見る行政の誤解、行政システムは特別ではない』で、イータックスの費用について触れました。良い機会なので、少しテーマを広げて「情報システムの政府調達」について整理してみたいと思います。

現在は、各省庁にCIO補佐官がいて、PMO(プログラム・マネジメント・オフィス)が設置され、調達方針も変更されたので、情報システムに関して担当者レベルで誤解や認識不足があったとしても、それほど変なシステムが乱立してしまうようなことは無いでしょう。

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しかし、つい最近までは、「情報システムの調達制度」自体に「制度上の欠陥」とも言える問題があって、電子政府の健全な発展を妨げていました。

●イータックスの費用が高い理由

イータックスの費用が高いのには、実は理由があります。

いわゆる「安値入札」と言われる問題(安値受注問題)が起こり、電子政府の調達制度を大きく変えるきっかけになったのが、このイータックス(国税庁による電子納税・電子申告システム)だったのです。

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調達の基本は、「より良いものを、より安く」です。公共性の高い政府調達になると、さらに「公平性・透明性の確保」も必要となります。

そこで、「会計法」では、原則「政府の調達は競争入札による」として、相当の理由がある場合に限り、例外的に「競争の無い方法(随意契約)でも良い」としています。

ところが、新聞やテレビでも話題になった社会保険庁のシステムに見るように、政府の情報システムの多くが、競争の無い「随意契約」で構築・運用されていたのです。

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イータックスも、「より良いものを、より安く」と考えて、競争入札を行ったのですが、実際にシステム開発を進めていくと、いつの間にか高額なシステムとなり、しかも競争の無い「随意契約」となってしまったのです。

詳しい経緯は、下記の論文をご覧下さい。

関連>>官公庁による情報システム調達入札(PDF)(会計検査院:会計検査研究 №29 2004.3)

●安値入札の仕組み

「安値入札」は、電子申告システムに限らず、国や地方における様々な調達案件で行われていました。前述の論文でも、いくつかの例が挙げられています。

関連>>公取委が松下電器に警告、警察庁に安値入札(ITpro)安値受注は無くなるか?(Japan.internet.com)

「安値入札」の基本的な考え方は、昔からある商売人の知恵で「損して得とれ」と「顧客の囲い込み」です。

政府が考える予算とかけ離れた安値で応札するわけですから、初めは「損」です。

しかし、システムを構築する過程で、上手に「囲い込み」を行い、最終的には「得」をしよう、という考えなのです。

この「囲い込み」に陥った状況は、「ベンダーロックイン(ベンダー独自技術への依存)」と言われたりします。

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「安値入札」は、「悪者:ベンダー」と「無能な被害者:行政」といった構図で理解・批判されがちですが、そう単純なものではありません。

倫理・道徳的な部分もありますが、どちらかと言えば「制度上の不備」から来るものなので、「どちらが悪い」というわけではなく、「どちらが得をする」というわけでもないのです。

むしろ、「ベンダーと行政、どちらにとっても最終的には害となる」と言えます。

ここで大切なのが、「ベンダーは、営利団体の企業であり、慈善事業をしているわけではない。」ということです。

ですから、決められたルールの中で、最大限の利益を追求するわけです。利益追求の努力を怠ると、株主から訴訟を起こされる可能性もあります。

そうしたベンダーの立場を理解せずに、一方的に悪者にしても、「安値入札」の問題は解決しないのですね。

●安値入札の弊害、被害者は行政だけでない

「安値入札」をきっかけとして、割高な情報システムになってしまう様子を、先の論文では「不完備契約の罠」と表現しています。

「ベンダーが仕掛けた罠に、行政がはまってしまう」ということですが、実は罠にはまるのは行政だけではありません。

ベンダー自身が、自らの仕掛けた罠に、知らず知らずにはまっていく。これが「安値入札」の本当に怖いところだと思います。

ここで、「安値入札」を実行するベンダーが負うリスクについて考えてみましょう。

まず、短期的には「損するだけで得がとれない」というリスクがあります。「囲い込み」に失敗してしまうケースですね。

しかし、より深刻なのが、次に挙げる長期的なリスクです。

・「囲い込み」に安心して、企業努力を怠り、競争力や技術力が低下する。
・「囲い込み」を維持できなくなり、ある時期を境にして利益が激減する。
・社員の士気やモラルが低下する。
・顧客の満足度が低下し、信頼関係を維持できなくなる。

「ベンダーロックイン」は、短期・中期的に見ると、ベンダーにとって「おいしい」ことです。

しかし、「薬物依存」のようなところがあって、知らず知らずのうちに企業内部まで蝕まれ、気づいたときには大打撃を受ける可能性もあるのです。

次回は、『安値入札からの脱却:行政の努力』と題して、「安値入札」問題をきっかけとして進められた「政府調達制度の見直し」について整理してみたいと思います。