情報システムに係る政府調達制度の変遷(3):調達改革の効果を検証する
『情報システムに係る政府調達制度の変遷(2):「安値入札」からの脱却(行政の努力)』の続きです。今回は、「安値入札」からの脱却を目指して政府が行ってきた改革について、その具体的な効果を見ていきたいと思います。
参考にする資料は、平成18年度の業務・システム最適化に関して、その実施状況や評価結果が記載された報告書です。
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結論から言えば、具体的な効果は見られるものの、「公平性・透明性を確保しつつ、より良いものを、より安く」という政府調達の実現については、道半ば(登山で言えば、3合目ぐらいかな)といったところと思います。
全体の傾向としては、
・「随意契約」が減り、原則として「一般競争入札」が行われるようになった。
・安値入札防止の観点から、「総合評価落札方式」が採用されるようになった。
・一社独占や一社依存(ベンダーロックイン)を防止するために、分離調達が行われるようになった。
・ハードウェア・ソフトウェア構成のオープン化・汎用化が進んだ。
・国庫債務負担行為を利用した複数年度契約が増えた。
といったことが見て取れます。
例えば、新しいシステムを構築する場合、
・仕様書等作成支援事業
・設計・開発事業
・運用事業
に分けて調達が行われ、大規模なシステムの場合は「設計・開発事業」や「運用事業」が更に細分化(基本設計と詳細設計、基盤システムと個別アプリ、工程管理等支援:プロジェクトマネジメント等)されます。
平成19年7月から「情報システムに係る政府調達の基本指針」が適用されましたので、上記の傾向は、今後はより強くなると考えられます。
その一方で、
・特殊な事由等の説明が無いまま「随意契約」が行われている。
・「一般競争入札」を実施しても「不落」となり、「随意契約」になるケースがある。
・数十億、数百億円といった規模のシステムについて、「○○業務システム開発一式」として分離調達をしないケースがある。
・分離調達を実施しても、落札結果を見ると、同じベンダー(系列を含む)の寡占状態となっている。
・全体として、大手ベンダーの名前ばかりが目立っている。
といった状況もあります。
次に、具体例を挙げながら、問題点や対応策について考えてみます。
なお、作者の意見は、あくまでも報告書からわかる範囲のものであり、詳しい内容を精査したわけではありません。よって、作者の誤解や理解不足があるかもしれないことを、あらかじめご了承くださいませ。
●法務省情報ネットワーク(共通システム)最適化実施評価報告書
○ 随意契約により,法務省情報ネットワーク用機器及び通信回線等賃貸借契約について,平成18年4月1日,株式会社エヌ・ティ・ティ・データと契約を行った。
○ 随意契約により,法務省情報ネットワーク基幹システム用機器賃貸借契約について,平成18年4月1日,新日鉄ソリューションズ株式会社と契約を行った。
○ 随意契約により,法務省情報ネットワーク基幹システム用機器保守契約について,平成19年3月1日,新日鉄ソリューションズ株式会社と契約を行った。
○ 随意契約により,インターネット接続契約について,平成18年4月1日,株式会社インターネットイニシアティブと契約を行った。
○ 一般競争入札により,インターネット接続サービス契約について,平成18年5月1日,株式会社インターネットイニシアティブと契約を行った。
★作者コメント
完全な分離ではありませんが、独占状態にはなっていません。随意契約が多いですが、前年度(平成17年度)に総合評価落札方式による調達(構築及び運用)を行っており、削減経費の目標値はクリアしています。
「随意契約=悪」というわけではなく、使い方次第では効果的な場合も多いのですね。そのためには、随意契約に至った経緯、計画の全体像、目指すべき理想形などを理解しておくことが大切です。
また、実施評価報告書には、「なぜ随意契約なのか」をわかりやすく説明する記載が必要でしょう。
●労働保険適用徴収業務の最適化実施評価報告書
一般競争入札(総合評価落札方式)による設計・開発事業者の調達
(最適化の実施内容)
労働保険適用徴収システムの開発等業務一式の受託者を調達する。ハードウェアとソフトウェアの分離調達を図り、原則として一般競争により調達し、国庫債務負担行為の活用を図る。
(最適化の実施状況)
○2006年4月14日 開札結果を踏まえた低価格調査により一番札排除と再入札の実施を決定
○2006年4月17日 再入札を実施したが不落
○2006年4月19日 日本ユニシス株式会社と随意契約で契約(2008年3月31日までの2年契約)
★作者コメント
安値入札を防止した例ですが、再入札を実施して不落となっているのが気になるところです。
最適化実施は、全く新しい情報システムを構築することもありますが、ほとんどは旧システムからの移行や統合となっています。つまり、旧システムでベンダーロックインが行われてた場合、当該ベンダーが入札において圧倒的に有利な立場にあるのです。
そうした状況で、厳しい要件(価格、納期、技術、業務知識・実績等)が課せられると、他のベンダーが参入するのは非常に困難となり、結果として不落となり、旧システムのベンダーと随意契約するというパターンもあり得ます。「官が意図しない官製談合」とでも言いましょうか。
もし政府が、本気でベンダーロックインから脱却したいのであれば、旧システムのベンダーにハンデを付けたり、情報開示を義務付けたりする必要があるでしょう。
社会制度の変革において、「積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション:Affirmative action)」が取られることがありますが、情報システムの政府調達においても、検討して欲しいと思います。
●社会保険業務の最適化実施評価報告書
全国健康保険協会健康保険業務システム開発事業者調達に係る調達仕様書、要件定義書の策定、及び当該事業者の選定
○1件の提案について、2006年12月26日に、技術審査部会を開催して評価・選定を行い、12月27日に開札するも不落となる。2007年2月28日に全国健康保険協会健康保険業務システム開発事業者(株式会社NTTデータ)と請負契約を締結した。
2007年2月28日 随意契約により株式会社NTTデータと契約
○課題及び問題とその原因
全国健康保険協会健康保険業務システム開発業務一式にかかる契約については、一般競争入札(総合評価落札方式)により業者を選定することとしていたが不調となり、再度の入札をしても落札者がいなかったため、最低入札価格を提示した業者と価格交渉を行ったが、契約の締結に至らなかった。
○対策
全国健康保険協会については、法律上、2008年10月に設立することとなっており、それまでに健康保険協会の健康保険業務に係るシステム開発を完了しなければならない。一方、本システムは開発規模が大きく、十分な開発期間を確保する必要があることから、所要の調達手続きや開発スケジュールを勘案すると、再度の一般競争入札等によることは困難な状況にあった。そのため、全国健康保険協会の設立までに確実な業務履行を確保する必要があることから、仕様の内容の確認、変更等を行い、既に企画書を提出し、当庁の技術審査委員会で評価が行われ、直ちに開発作業に着手できる十分な体制が確保されている業者と随意契約を行った。
★作者コメント
こちらも、前述の例と類似(不落から随意契約)していますが、「課題及び問題とその原因」や「対策」が示されています。
社会保険業務については、議会や国民からの厳しい追求もあり、色々と問題が多い分野です。それだけに、ベンダーロックインから脱却についても、政府が強い意志を示す必要があるでしょう。
なお、社会保険業務の最適化では、全体的に同一ベンダーとの契約が多くなっています。
●農林水産省共同利用電子計算機システムに係る業務・システム最適化実施評価報告書
(2) 設計・開発段階(2006年5月25日~12月28日)
ア 設計・開発事業者等の選定
・農林水産省共同利用電子計算機システムにおける業務・システム最適化実施に係る支援業務 沖電気工業株式会社
契約日 :2006年5月23日 履行期限:2007年3月30日
・農林水産省共同利用電子計算機システムにおける業務・システム最適化実施業務(農林水産統計情報処理システムの再構築) 株式会社日立製作所
契約日 :2006年5月25日 履行期限:2006年12月28日
・農林水産省共同利用電子計算機システムにおける業務・システム最適化実施業務(共同利用機のオープン化) 株式会社日立情報システムズ
契約日 :2006年5月25日 履行期限:2006年12月28日
・農林水産省共同利用電子計算機システムにおける業務・システム最適化実施業務(汎用パッケージソフトウェア) 株式会社日立製作所
契約日 :2006年5月31日 履行期限:2007年3月30日
・農林水産統計システムのデータセンター賃貸借等業務 株式会社日立情報システムズ
契約日 :2006年11月8日 契約期間:2006年12月15日~2007年3月31日
・農林水産統計システムサーバ等 株式会社日立情報システムズ
契約日 :2006年11月22日 契約期間:2007年1月4日~2007年3月31日
・農林水産統計システムOCR機器等 株式会社日立情報システムズ
契約日 :2006年11月22日 契約期間:2007年1月4日~2007年3月31日
運用事業者の選定
(最適化の実施状況)
一般競争入札により、データセンター賃貸借業務及び運用業務を実施する運用事業者(株式会社日立情報システムズ)を選定。
★作者コメント
分離調達を実施していますが、結果的には、設計・開発から運用まで、同系列のベンダーによるほぼ独占状態となっています。
こうした事態を避けるためには、設計・開発段階の調達で、一定の参加制限を設ける必要があります。例えば、
・基盤システムを落札した事業者は、個別アプリケーション開発を落札できない
・5つある個別アプリケーション開発で、一社が入札参加できるのは2つまでとする
・移行前のシステムを担当していた事業者は、前システムに関する情報開示を入札参加の条件とする
といった条件が有効でしょう。
●予算・決算業務の業務・システム最適化実施状況報告書
(官庁会計システム)
① 設計・開発事業者等の選定
(最適化の実施状況)
○ 2006年(平成18年)7月28日、「官庁会計システムに関するプロジェクト管理支援業務」について、企画案募集を行い沖電気工業株式会社(以降、プロジェクト管理支援業者と称する。)と2006年(平成18年)7月~2009年(平成21年)1月までの契約を締結。
○ 2006年(平成18年)8月10日、「官庁会計システムに係る開発業務 一式」について、一般競争入札(総合評価方式)を実施の上、落札者を決定し株式会社エヌ・ティ・ティ・データ(以降、開発業者と称する。)と2006年(平成18年)8月~2009年(平成21年)1月までの契約を締結。
★作者コメント
「官庁会計システムに係る開発業務 一式」として、分離調達をしていない事例です。
政府調達事例データベースで検索すると、落札金額は160億円超となっており、分離するのが妥当と思われます。分離できない場合は、その理由を明記しておくべきでしょう。
なお、ハードウェアとソフトウェア開発は分離して調達されています。
●分離調達は、電子申請が失敗したときにも有効
事例の中でも多く見られた「分離調達」。実は、システムの利用が失敗したときにも役に立ちます。
例えば、利用の低迷から廃止となった「パスポートの電子申請」も
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電子申請は中止するけれど「利便性の高い書類作成機能だけを残す」といった場合、分離調達していれば、切り離しやすいのですね。
●政府調達の今後、成績が悪ければ予算はもらえない
今後の情報システムの開発・運用では、サービス品質への要求が厳しくなる一方で、システムは複雑化して、コストも削減されていくという、大変に厳しい環境にあります。
また、開発手法の進歩により、同じ機能を持ったシステムの価格が、一ケタ・二ケタも安く作れるようになるでしょう。
実際、情報システムに政府が計上する予算は、減少傾向にあります。
そうした状況で、今までのように各省庁が予算配分を争い、「たくさん使った方がエライ」みたいなことをやっていれば、いくら立派な「情報システムに係る政府調達の基本指針」を作って実行しても、本質的な部分は変わりません。
そのためには、政府調達により導入・構築された情報システムや電子政府サービスについて、後々まで追跡し、運用・利用状況や費用対効果を検証し、きちんと評価していくことが大切です。
あまり成績が良くない行政庁については、予算が削られるだけでなく、社会保険庁が総務省に監視されているように、他の行政庁による監視・指導を受けるようにしても良いでしょう。
さて、次回は「ベンダー側の努力」として、新しい政府の調達方針に対応する「電子政府ベンダーのあり方」について考えてみたいと思います。