社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由と改善策を考える(1)

2月に開催される第8回電子政府評価委員会では、厚生労働省・社会保険庁からのヒアリングを予定しています。社会保険・労働保険関係手続では、オンラインの利用率が0%といったものが多く、全体の利用率も非常に低いことから、その原因を探ろうということです。

今回は、税務や登記といった他分野のオンライン手続と比較しながら、「社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由」について考えてみたいと思います。

作者が理解するところでは、「社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由」は次の通りです。

1 事前の準備が面倒
2 申請システムの使い勝手が良くない
3 社会保険労務士が利用する場合、紙申請より負担が増える
4 わかりやすいインセンティブが提供されていない
5 現状ではオンラインに馴染まない手続も、簡素化等が無いままオンライン化されており、かえって非効率な処理をしている
6 民間サービスを活用し連携するための環境が不十分である

それでは、一つずつ解説していきましょう。

(1)事前の準備が面倒

事前準備については、他のオンライン申請システムと同様なので、社会保険・労働保険関係手続に限ったことではありません。

なお、平成20年2月1日より、「厚生労働省 電子申請・届出システム」で扱っていた手続が「e-Gov電子申請システム」に移行することになっています。

関連>>厚生労働省 電子申請・届出システムのサービス終了及びe-Gov移行について

しかしながら、「e-Gov電子申請システム」の事前準備(下記の通り)も、やはり面倒なので、移行によって問題が解決されるわけではありません。

1 安全な通信を行うための証明書の入手と設定
2 信頼済みサイトへの登録について
3 e-Gov電子申請用プログラム(クライアントモジュール)のインストール
4 電子証明書とカードリーダの取得
5 カードリーダの接続と電子証明書の登録

別のオンライン申請システムである「労働保険適用徴収・電子申請」についても、同様と考えて良いでしょう。

関連>>e-Gov電子申請システムご利用の手順とご注意

★作者が提案する改善策は

この面倒な事前準備をどうにかしないことには、強力なインセンティブを提供したとしても、10%ぐらいで頭打ちとなることでしょう。

具体的には、民間のオンラインサービスに準じて

1 オンラインで仮登録でき、ID・パスワードで即時に利用できる
2 本人確認は、郵送や窓口等を利用して電子署名以外の方法で行う

とするのが良いでしょう。成りすまし等の不正行為については、法改正により実効性のある罰則等を設けて対応すれば良いでしょう。

(2)申請システムの使い勝手が良くない

残念ながら、「使い勝手が良い」とされるオンライン申請システムは、ほとんど見たことも聞いたこともありません。電子申告のイータックスや不動産登記オンライン申請の評判なども、聞くに堪えないぐらいにヒドイものです。

社会保険・労働保険関係手続のオンライン申請システムも例外ではなく、極めて評判が悪かったのですが、「厚生労働省 電子申請・届出システム」よりは「労働保険適用徴収・電子申請」の方が、いくらか良いでしょうか。

移行先の「e-Gov電子申請システム」も使い勝手が良いとは言えないので、この問題も、「e-Gov電子申請システム」への移行によって解決されるものではありません。

★作者が提案する改善策は

オンライン申請システムの使い勝手の悪さは、開発したベンダーのせいと言うよりは、サービスを作り上げる過程や環境によるところが大きいと言えるでしょう。

具体的には、次のような措置が有効と考えます。

1 民間サービスを手がけるベンダーや開発チームが中心となってシステムを構築する
2 SaaS型サービスの活用により、追加の投資をしなくても、迅速かつ容易にカスタマイズや機能の追加ができるようにする
3 サービス開始前に、国民に提供できるサービスレベルに達しているかを(利用者を中心として構成される)第三者機関によりチェックさせる

「使い勝手が悪い」ことは、「改善の余地が大きい」と考えることもできますので、使われるうちにどんどん良くなっていくような仕組みを作ることが必要です。

(3)社会保険労務士が利用する場合、紙申請より負担が増える

この問題は、税務や登記などの他分野と比べると、社会保険・労働保険関係手続のオンライン申請において、より深刻な状況にあります。

士業が関与するオンライン申請で、「最もやってはいけないこと」があります。

それは、「お客さん(依頼者)の負担が、紙申請より増えてしまうこと」です。

そもそも、士業に依頼するのは、「面倒な手続を、自分の代わりに済ませて欲しい」からです。

それが、オンライン申請を利用することで、お客さん側の負担が増えるようであれば、
お客さん:今まで通り紙申請でお願いします
士業:オンライン申請を利用してみたいけど、お客さんの負担を増やしてまではできない

となります。

そのことに気が付いたかどうかわかりませんが、電子申告、オンライン登記、自動車ワンストップといった電子申請では、依頼者の電子署名が不要となり、その結果、士業によるオンライン利用を増やすことに成功しつつあります。

ところが、同じように依頼者の電子署名が不要となった社会保険・労働保険関係手続では、オンライン利用があまり増えていません。

なぜなら、依然として「お客さん(依頼者)の負担が、紙申請より増えている」状態にあるからです。

社会保険労務士がオンライン申請する場合の、利用フローを見てみましょう。

1 委任状(紙)の作成と保管
2 「事業主データ作成ツール」を用いた事業主データの作成
3 事業主データの保存(FD、CD-R)と提出(所属都道府県会または都道府県労働局)
4 ID・パスワードの発行と交付(事業主あて)
5 事業主から社会保険労務士へのID・パスワードの交付
6 社会保険労務士によるオンライン電子申請
  (社労士電子署名+暗号化した事業主ID・パスワード)

他の士業の代理・代行申請と比較して、次のような負担があります。

・事業主(顧客)ごとにID・パスワードが発行されるので管理が大変
・事業主データの作成・提出が面倒
・ID・パスワードが顧客(事業主)あてに交付され、顧客側の負担がある
・ID・パスワードを利用する際の暗号化(必要あるのか疑問?)の作業が煩雑

これでは、利用が増えるわけがありませんね。

関連>>共通ID・パスワード実施について(社会保険労務士会連合会)

★作者が提案する改善策は

申請者本人の電子署名を省略するのであれば、

1 委任状(紙)の作成と保管
2 社会保険労務士によるオンライン電子申請

といった申請フローとするのが良いでしょう。

次回は、続きとして、インセンティブの提供などについて解説したいと思います。

“社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由と改善策を考える(1)” に2件のコメントがあります

  1. 国交省システムも似たようもんです
    国交省のオンライン申請システムはもっと酷いですよ。IDとパスワード利用では、
    その手続ごとにIDを取得しなければならない。
    省内の縦割り行政の弊害とも思われるのですが、旧建設省と旧運輸省との縦割りです。関連する手続ごとにIDを取得するんですからね。

    馬鹿馬鹿しくて、ほとんど利用しないでしょう。

    これとは別に国交省専用システムもあり、そちらのIDもこれまた別です。
    複数のIDの管理が大変ですね。

  2. 手続ごとのID
    イエモリさん、こんばんは
    コメントありがとうございます。

    国交省のオンライン申請システムは、手続ごとにIDが必要でしたっけ?

    私が利用してみたときは、とりあえず適当な手続で利用登録してID・パスワードを発行してもらい、あとは手続を追加すれば良かったと思うのですが。。

    いずれにせよ、ひどく面倒なことには変わりありませんね。

    オンラインを利用させないために、わざと障害を置いているとしか思えません

コメントは停止中です。