社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由と改善策を考える(3)
社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由と改善策を考える(2)の続きです。
(5) 現状ではオンラインに馴染まない手続も、簡素化等が無いままオンライン化されている
●オンラインに馴染みやすい手続は?
社会保険・労働保険関係手続には、次のようなものがあります。
1 イベント時の届出(取得、変更、喪失など)
2 定期的な届出・報告(年度事業報告、報酬月額算定など)
3 保険料の申告・納付に関するもの(事業主等がお金を払う)
4 給付金の支給に関するもの(従業員等がお金をもらう)
5 その他(許認可など)
この中で、最もオンラインに馴染まない手続は、「給付に関するもの」でしょう。
何しろ「お金がもらえる」わけですから、不正が行われる可能性が最も高く、一定の審査が必要になります。
また、従業員、事業主、医師といった複数人の署名等(意思確認)が必要になるため、手続フローが複雑で、オンライン化時に必要な簡素化・省略化も難しいとされます。
他方、オンラインに馴染みやすい手続は、「定期的な届出・報告」です。
毎年、決まった時期に、同じような内容を扱い、簡素化・省略化もしやすいからです。
「イベント時の届出」も「一括申請(セット申請)」の導入が可能であれば、オンラインで成功する可能性はあります。
「保険料の申告・納付に関するもの」は、オンライン決済の手段が多様化する中で、支払う側の事情を考慮した利便性や選択肢を提供できるのであれば、使われる可能性は高いでしょう。
日本の電子政府サービスの中では、比較的レベルの高い税金の電子申告で得たノウハウを生かしやすい分野でもあります。
●オンラインに馴染みやすいのに使われない?
ところが、現状では、毎年度行われる報告的な届出等についても、利用が増えていません。
そこには、主に二つの理由があると考えます。
一つは、「利用できるまでの準備が面倒なこと」で、もう一つは、「行政側の事務処理がオンライン化に対応できていないこと」です。
「利用できるまでの準備が面倒なこと」は、前回も触れましたが、ここで問題なのは「利用できるまでの準備」が「最もオンラインに馴染みにくい手続に合わせている」ため、「割に合わない面倒さを利用者に強制している」ことです。
例えば、無料のメールアドレスが欲しい時は、取得の手続も簡単で、10分もあれば完結して、新しいメールアドレスを使えるようになるでしょう。
しかし、銀行や証券取引の口座を開設したいとなれば、さすがに10分で完結とはいきません。それなりの準備や手続が必要となります。
つまり、「サービスの内容に応じて、事前準備の面倒にも差がある」わけです。
社会保険・労働保険関係手続のオンライン申請は、無料のメールアドレスが欲しい人に対しても、銀行や証券取引の口座開設に必要な手続を要求しているようなものです。
まさに、「割に合わない面倒さを利用者に強制している」ということです。
「行政側の事務処理がオンライン化に対応できていないこと」も使われない理由となっています。
オンライン化で期待されるのは、「行政の事務処理を効率化すること」ですが、現実では
・印刷した紙や画面上で、担当者が目視によるチェック
・窓口なら即日完了なのに、電子データの場合は日数がかかる
といったことがあります。つまり、
オンライン化により
・行政の負担はあまり減らない、むしろ逆に増えているケースが多い
・サービスの質が悪くなっている
というわけです。こんな状態では、利用は増えませんし、増やすべきでもありません。
★作者が提案する改善策は
・「一括申請(セット申請)」の導入
・利用者視点での手続の分類と絞込み
・サービスに応じた事前準備の簡素化
・申請内容を自動チェックするプログラムの開発
・オンライン申請を処理する行政側の業務フローの見直し
●「形だけのオンライン化・簡素化・省略化」から脱却を
オンラインや電子データによる申請・届出については、自動チェックによる処理を原則とすることが必要です。
自動処理をして、エラーが出たものやイレギュラーなものについてだけ、人によるチェックを行えば良いのです。処理状況を分析し、定期的に自動チェックの精度を上げていくことも大切です。
注意したいのが、こうした自動チェックの実施や業務フローの見直しについては、行政側(ここでは厚生労働省や社会保険庁)に任せていては、いっこうに進まないということです。
オンライン申請では、「オンライン化する前に手続の簡素化・省略化をしなかったからダメなんだ」と言われることがありますが、実際には当初から「手続の簡素化・省略化」を掲げていました。
しかし、「手続の簡素化・省略化」を所管する省庁に任せてしまったために、多くが「小手先だけの簡素化・省略化」に終わってしまったのです。
「手続の簡素化・省略化」を特に望まない(中には反対する)内部の人間に任せて、「簡素化・省略化」が進むわけがありません。
ここ数年になって、オンライン申請の利用低迷を受けて、ようやく本格的な「簡素化・省略化」が進みつつあります。
社労士さんとお話しする中でも、
・この部分は、コンピュータで自動処理した方が、間違いも少なくて早いだろうに。。
・この部分は、悪いことをする人もいるので、しっかりチェックしないといけないから、はずせないだろうなあ。。
といった意見を聴いたりします。
今後は、第三者機関や外部の人材が中心となって、「形だけのオンライン化・簡素化・省略化」から脱却していく必要があります。
●オンライン申請で目指すべき「簡素化・省略化」とは
ただし、「簡素化・省略化」は、決して「安全や安心を軽視した非人間的な合理化」ではありません。
オンライン申請で目指すべき「簡素化・省略化」は、「より安全で安心できる、人間らしい(物だけでなく心も)豊かな生活を実現するためのもの」です。
これは、電子政府全体に言える普遍的なテーマであり、これからの電子政府・電子自治体にとって重要なキーワードとなる『持続可能性(サステナビリティ:sustainability)』とも深く関わってきます。
次回は、本シリーズの最終回として「民間サービスとの連携」についてを考えてみたいと思います。