社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由と改善策を考える(4)
社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由と改善策を考える(3)の続きです。本シリーズの最終回として、「民間サービスとの連携」について整理しておきましょう。
(6)民間サービスを活用し連携するための環境が不十分である
具体的には、次の2点となります。
・API公開が進んでおらず、民間事業者を支援する体制が整っていない
・利用者とのコミュニケーションが不十分である
「API公開」については、ベンダーの責任にされることもありますが、本質的な責任は行政側にあります。
商号検索サービスへの期待、「API公開」の意味を考え「無料の企業検索サービス」の実現をでも触れたように、所管する行政庁が基本方針で明言し、具体的な成果目標を定める中で、手段・方法として「API公開」を活用することがことが大切なのです。
そもそも、多額の税金を使って構築したシステムなのですから、広く公開して、国民に還元していくのが大原則です。
国民への還元は、直接的なサービスとして提供するだけでなく、「情報や材料を提供し、それらを自由に加工して好きなように使ってください」ということも含んでいます。
「利用者とのコミュニケーションが不十分」については、国税庁の電子申告と比較すれば、一目瞭然です。
・e-Taxの利用件数は定期的にウェブ上で公開され
・ソフトウェア開発業者向けの情報も充実しており
・毎年実施されるアンケートは内容も良く、結果も公表されています。
他方、社会保険・労働保険関係手続では
・利用件数はウェブ上で公開されておらず
・ソフトウェア開発業者向けの情報も少なく
・昨年ようやく実施されたアンケートは、具体的なサービスの改善を期待できるものではありません。
アンケートの内容が稚拙だったり、その結果がサービス改善に生かされないと、利用者から声を聴くことが難しくなっていきます。
国民はバカではありませんので、「ああ、この人たちに言っても時間の無駄だな」と思うようになるからです。景品等に釣られて回答する場合でも、「まあ、適当に答えればいいや」となるでしょう。
★作者が提案する改善策は
・APIの公開とその活用を推奨し、具体的な成果目標を定める
・開発業者向けの情報や支援を充実させる
・定期的に利用状況等を公開する
・サービス改善に結びつくアンケートを実施する
民間サービスと連携できていないオンライン申請は、「国民は置き去りで、積極的な情報公開がなく透明性に欠ける」という行政の体質を写し出す鏡と言っても良いでしょう。
社会保険・労働保険関係手続を所管する厚生労働省や社会保険庁が、どのような体質かは、本ブログをご覧になっている皆さんがよくご存知ですね。
●行政がするべきことは、何もしないこと?
最後に、もう一つ大切なことを指摘しておきましょう。
それは、「オンライン申請が民間サービスの足を引っ張る」といった事態も生み出していることです。
社会保険労務士といった士業には、専門家向けの業務ソフトウェアが、民間企業から提供されています。
士業の人たちは、ただでさえ面倒な役所の手続を、大量に処理しながら顧客ごとに整理するわけですから、こうしたソフトウェアを活用して、少しでも業務を効率化するわけです。
業務ソフトウェアの中にも優劣や好みがありますが、民間サービスだけあって、その内容は非常に洗練されています。
少なくとも、役所が提供する書式に記入していったり、ワープロソフトで一枚ず作成していくといった作業よりは、ずっと楽チンなのです。
ところが、社会保険・労働保険関係手続のオンライン利用率が低い理由と改善策を考える(1)で触れたとおり、社会保険労務士がオンライン申請する場合の利用フローは、非常に複雑なものになっています。
このような状況で、オンライン申請と民間サービス連携させようとすると、大変なことがおきます。
なぜなら、民間の業務ソフトウェアにオンライン申請の機能を追加するためには、せっかく効率化した業務フローの中に、行政が作り出した複雑怪奇な業務フローを組み込むことが必要になるからです。
料理に例えれば、既に確立したレシピがあり、その通りに作れば美味しい料理ができるのに、素人が勝手に調理の手順や調味料の配分を変えて、せっかくの料理を台無しにしてしまうようなものです。
このような、「オンライン申請が民間サービスの足を引っ張る」といった事態を避けるには、どうすれば良いでしょうか。恐らくは、次のような選択肢が考えられます。
1 行政が頑張って、料理(サービス)の「素人」から「セミプロ」ぐらいになる
2 行政は素材を提供して、調理は「プロ(民間)」に任せる
3 「プロ」のレシピに合わせて、自分たちの調理法を変える
1を期待するのはまず無理なことで、3も外部から強い力が働かない限りは難しいでしょう。
ということで、消去法で言えば、そして財政的な負担と費用対効果を考慮すれば、まずは2の選択肢が期待できると思います。加えて、1と3も実行できるように努力をすると、さらに良いでしょう。
本シリーズで取り上げた問題は、社会保険・労働保険関係手続のオンライン申請に限られたものではありません。日本の電子政府・電子自治体全体が抱えている問題と捉え、「これから何をするべきか」を考えましょう。