それでもボクはやってない:もしも痴漢に間違われたら
痴漢に間違えられた青年を描いた裁判映画『それでもボクはやってない』を観ました。男として、そして法律を多少なりとも学んだ者として、何とも恐ろしい内容で、あっという間の143分でございます。日本の裁判制度の問題点を知ってもらうには、良いきっかけですね。
日本の警察・司法制度は優秀で、一見すると進んでいるように見えるけど、実際は先進国の中でも遅れている方かと。
なにせ、いまだに自白偏重主義がまかり通っているぐらいなのだから。
警察・司法は、「自分を守ってくれる存在」としては、確かに頼もしいと言える。
しかし、これが「自分を追い立てる存在」となると、まあ実に恐ろしく大変にやっかいな存在となるのである。
一度逮捕されたら、後はベルトコンベア状態で、有罪となるのが「正常品」であり、「無罪」となるのは「欠陥品」と考えられているようだ。
そして、「欠陥品」が発生する確率は極めて少ないのである。
●自分が痴漢に間違えられたら、どうするか
作者も混んだ電車に乗るときは注意しているが、もし自分が痴漢に間違えらたらどうするかを考えてみた。
1 やっていないことと連絡先を伝え、その場を立ち去る
法律上、一般私人によっても現行犯逮捕が許されているが、「やっていない」のだから、基本的に現行犯逮捕はあり得ない。自分の身柄を拘束しようとする人がいたら、「あなたは、私が痴漢しているところを見たのですか?」と聞いてみる。「やっていない」のであれば、当然「見ているはずが無い」。
参考>>逮捕 – Wikipedia|痴漢 – Wikipedia
仮に「見た」と言っていれば、それは「嘘をついている」か「勘違いしている」わけだから、そのことを指摘して、やはり立ち去ると。できれば、携帯電話で顔写真を撮り、会話を録音しておく。当然ながら、大声を上げたり暴れたりはしない。
2 警察に連れて行かれたら、やっていないことを伝えて、後は黙秘する
現行犯逮捕でなければ、逮捕状を示されない限り警察に行く必要は無い。警察には、「これは、逮捕ですか。それとも任意ですか。」と確認する。逮捕でなければ、やはり連絡先を伝えてその場を立ち去る。
逮捕の場合は、抵抗などしないで大人しく連行される。警察に着いたら、まずは家族や友人等へ電話をかけさせてもらう。そして、メモ帳とペンをもらう。
取調べに対しては、「やっていません」と言ったら、後は一切を黙秘する。調書には、その内容にかかわらず一切署名をしない。取調べの様子については、誰がいつ何をしたかを事細かくメモする。
黙秘が有効なことは割りと有名だが、それは裁判が情報戦であることを意味している。
何しろ、相手は警察と検察である。情報を入手する手段と保有している情報量については、圧倒的に相手が有利である。
黙秘は、相手に対してこちらから情報を与えないということである。
どの情報をどのタイミングで提示するかは、信頼できる弁護士が見つかった後で、じっくり相談してから決めれば良いのである。
また、黙秘を行使することで、警察が自白以外の証拠を探すようにもなる。これは、「決め付け」という偏見から、通常の捜査へ移行することを意味する。「やっていない」のだから、できるだけ早い段階できちんと調べてもらえば(初動捜査の重要性)、無実とわかる可能性も高くなる。
●鉄道会社の社会的責任は、なぜ問われないのか
映画を観ていて、どうにも気になったのが、鉄道会社の責任である。
公共の場所で、日常的に性犯罪が行われていながらも、その状態が長年放置されているのは、電車とバスぐらいなものだろう。しかも、日本だけ。
殺人ラッシュは減ったらしいが、いまだに200%を超える乗車率が日常的に存在している。
最近の地下鉄では、ラッシュ時に無理に押し込むようなことはしないで、次の電車を待つように指示される。これは痴漢対策としても良いことである。電車も一、二分の間隔で来るので、次の電車にしても実害は無い。
これに対して、JRは作者の知る限り乗車整理も無いし、怪我人が出てもおかしくない状況なのに、通勤時でも電車が来るのは10分間隔といった線も珍しくない。
痴漢の被害者と痴漢に間違われた人が、鉄道会社に訴訟を起こせば、勝てるかどうかは別にして、少なくとも今よりは真面目に対策するようになるだろう。
作者の提案は、例えば次の二つ。
1 電車内に監視カメラを設置する
公共の場所に監視カメラを置くことは、もはや珍しいことではない。しかも、犯罪地帯となっている車内であれば当然だろう。抑止効果があるだけでなく、捜査や裁判時の証拠としても使える。
2 痴漢SOSボタンの設置
痴漢されたり、痴漢行為を発見したら、近くのSOSボタンを押す。ボタンが押されると車内のランプが点灯し、乗客は自分の近くで痴漢行為が発生していることがわかる。同時に、車掌や次の停止駅の駅員にも通知される。
痴漢が多発する線を抱える鉄道会社は、せめてこれぐらいの対策をするべきである。
犯罪は、いくら厳罰を課しても、それだけで減ることは無い。そのために、冤罪が増えることがあれば、本末転倒も甚だしい。
犯罪の機会を減らし、犯罪行為が難しくなる環境を作ることが大切である。
関連>>Political Criminology – Environmental Criminology|犯罪心理学 – Security Akademeia
●参考法令・資料(法令データ提供システム)
★日本国憲法
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
○2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
★刑事訴訟法
第百九十八条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
○2 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
○3 被疑者の供述は、これを調書に録取することができる。
○4 前項の調書は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。
○5 被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。
第二百十二条 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。
○2 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
一 犯人として追呼されているとき。
二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
四 誰何されて(呼び止められて)逃走しようとするとき。
※痴漢で現行犯逮捕できるのは、痴漢行為の直後であることが必要で、加えて、被害者や周囲の人から「この人、痴漢です」と指摘されたり、逃げようとしている場合と理解できる
第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。
第二百十四条 検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。
第二百十七条 三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り、第二百十三条から前条までの規定を適用する。
★神奈川県迷惑行為防止条例(第3条第1項:卑わい行為の禁止)
単純:1年以下の懲役又は100万円以下の罰金
常習:2年以下の懲役又は100万円以下の罰金
※刑事訴訟法の第二百十七条に該当しないので、氏名を明らかにしても現行犯逮捕を免れられない
★裁判員制度の実施に向けた捜査運営上の留意事項について(PDF:警察庁)
基本的な留意事項として、次の4点を明記。
(1) 客観的証拠の収集の徹底
(2) 捜査書類の簡潔、明瞭化の徹底
(3) 捜査の適正の一層の確保
裁判員に警察の捜査活動に対する誤解や偏見を持たれることのないよう、従来にも増して捜査の適正の確保に意を用いること。特に、被疑者の自白の任意性、信用性に疑いを持たれないよう、取調べの適正の確保に留意すること。
(4) 検察官との良好な協力関係の確保