日本の電子政府が良くならない本当の理由(15):国民に還元されない「士業のための電子申請・電子申告」

今回は、「士業の業務独占を廃止し、行政手続の仲介・代行サービスを自由競争とする」の提案について解説する。

●士業における電子政府への対応

電子申請や電子申告が実現する過程で、士業の間には様々な思惑・葛藤・期待・不安があった。

  • 誰でも簡単にできるようになれば、自分たちの仕事が無くなるのではないか。
  • いやいや、早めに手を打って、電子申請や電子申告を取り込めば、業務独占を強化できるはずだ。
  • 誰でも電子申請や電子申告ができると、他の士業や民間事業者が士業の業務に参入してくるのではないか。
  • 民間事業者が本気で参入してきたら、組織力・資本力・技術力で圧倒する事業者に対抗できず、吸収・淘汰されるのではないか。

そこには、依頼者である「国民の利益をどうするか」といった思考は無く、常に「士業の利益」が最優先されてきた。

もちろん、個人レベルで言えば、各士業において

  • 「国民の利益の最大化」を目指すためには
  • 自分たちの役割や業務をどのように変えていけば良いのか
  • 業務独占を維持せず解放することで
  • より多くの利益を国民に還元できるのではないか

といった議論もある。しかし、こうした考えは、まだまだ少数派であり、業界としての多数派は、「業務独占を維持し、既得権益を守っていくべきだ」という旧態依然の思考なのである。

結果的に、士業が選んだのは「自分たちの業務独占が維持されるのであれば、電子申請や電子申告を受け入れる」というものであった。

●国民に還元されない「士業のための電子申請・電子申告」

国民にとって、役所の手続は「主」ではなく「従」である。

本来の目的は別にあり、目的を達成するために必要なので仕方なく済ませる。あるいは、国民の義務として強制的にやらされる。それが、申請・届出・申告等である。

国際競争力を高めるためにも、国民の負担を減らすためにも、役所の手続に費やされるコストは、少なければ少ない方が良い。電子政府も、そのためにある。

ところが、実際の電子政府は、役所の手続に費やされるコストを減らすのに役立っていない。特に、士業が関与する電子申請・電子申告においては、その傾向が強い。

「電子申告」を例に見てみよう。

税理士が電子申告を利用した場合、国民、つまりは税理士の「顧客である企業や個人」に、どのような効果をもたらすだろうか。

結論を言えば、国民が恩恵や利便性を実感することはほとんど無い

なぜなら、税理士が電子申告することで

  • 税金が安くなるわけでもない
  • 税理士への報酬が半分になるわけでもない
  • 税務処理にかかっているコストが削減されるわけでもない
  • 税制度がシンプルでわかりやすくなるわけでもない
  • 税に対する公平性や納得感が高まるわけでもない

税理士が電子申告を利用して喜ぶのは、「電子申告の利用率を上げろ」とせかされる行政担当者ぐらいである。

国民からして見れば、士業が電子申請を利用しようと利用しまいと、ほとんど関係ないし興味も無いのである。

 

「電子出願(特許等の申請)」の場合は、もっと巧妙である。

作者が整理した「士業の業務独占」を見て欲しい。

各士業の業務独占が法律によって保護されている中で、弁理士の業務独占だけ「電磁的記録」という用語が明記されている。

これが何を意味するかと言えば、「電子申請に対して、最も早くかつ効果的に対応した士業が弁理士である」ということだ。

彼らは、独占構造を巧みに活用することで、自らの利権を確保したのである。

1 特許庁
2 弁理士
3 NTT(ISDN回線)

という3つの独占がタッグを組んで、「士業のための電子申請:パソコン出願」を作りあげ、「利用率9割以上」を実現したのだ。

弁理士のすごいところは、ほぼ全員がシステムを導入して電子申請に対応したことだ。

ところが、困ったことに「誰でも利用できるインターネット」なるものが普及し、「インターネットでも出願できるようにするべきだ」という要望が高まり、独占の一角を担う「NTT(ISDN回線)」が崩された。

こうした経過もあり、インターネットを利用した電子出願が始まったのは「平成17年10月から」と、他の電子申請と比べてかなり出遅れている。

そして、つい最近の平成20年6月になって、ようやく「インターネット出願への一本化について(特許庁)」という発表があり、平成22年3月末にISDN回線を利用した電子出願を廃止することとなった。

 

“日本の電子政府が良くならない本当の理由(15):国民に還元されない「士業のための電子申請・電子申告」” に5件のコメントがあります

  1. 本人申請が増えると役所が困る
    どうも登記の場合は、本人申請が増えると法務局が困るという構図があるようです。
    ただ登記相談員の配置でそこはだいぶ改善されてきました。

    補正が増えるので、どうしても時間をとられるというところでしょう。

    法務局ぐらいのものでしょうが。

    よく慣れた代行サービス業者の存在を遠ざけ、一定の資格者以外相手にしないと。
    これもだいぶ緩和されつつありますが、まだまだです。

    共同申請を廃止して、免許税の事後納付、これは登記官が計算して、納税する者に通知し、一定期間内に納付しなければ、職権抹消と。

    そううまくはいかんでしょうが、本人申請をやりやすくすることが大事です。

    不動産登記の関与率9割というのがそもそも異常なんですが。
    嘱託登記の関与率はぐっと落ちて、さて2割もあるのか?
    自治体など役所の職員がやりますから、これも実質本人申請でしょう。

    某公団はオンライン利用にかなり貢献してるとか。

  2. 矢は前ばかりじゃなく後ろから・・・
    むたさんの、
    > * 「国民の利益の最大化」を目指すためには
    * 自分たちの役割や業務をどのように変えていけば良いのか
    * 業務独占を維持せず解放することで
    * より多くの利益を国民に還元できるのではないか

    こうした姿勢の士業も一部あり、私などもほとんどこれらに該当する。が、この主張をすればするほど後ろから、つまり内部からの矢もやってくるんですよね。(笑)

    他の士業の非常識かつ低劣な主張など放置しておいてよいのだが、、、。
    電子政府の推進、促進にはこうした少数派の意見こそが貴重だと思う今日この頃です。
    少数派にこそ「利」じゃなくて「理」があると思う。

  3. 法務局の廃止はなさそう
    公式発表ではありませんが、法務局は廃止対象から外れたような書き方ですね。
    http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080710-OYT1T00418.htm

    ただ二次勧告まで議論は続けてもらいたいですね。移譲対象ではなくなったとしても、今のままの存続がいいわけではありませんから、バシバシ厳しい意見を出していただきたいものです。

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