日本の電子政府が良くならない本当の理由(24):電子政府が目指すのは、士業が無くても困らないサービス


●業務独占が仇となる

士業の業務独占は、諸刃の剣である。

過度に保護された業界は、時代が変化すると、窮地に追い込まれることがあるが、士業も同じだ。

今までは自分たちの権益を守ってくれていた業務独占が、逆に自分たちの首を絞めることになる。

業務独占は、一種の「囲い込み」と考えて良い。

牧草地を囲い、その中で、少数の羊が仲良く美味しい牧草を食べている。

ところが、
1 羊の数が増え(会員数の増加)
2 生えてくる牧草の質も悪くなり(手続の簡素化と報酬額の減少)
3 囲っている牧草地も広げられず、現状維持が精一杯である(市場の縮小)

丸々と太っていた元気な羊たちは、次第にやせ細り、お互いの仲も悪くなっていく。

隣の芝生(他の士業の業務)が美味しいそうに見えるので、牧草地間の縄張り争いも起きる。。

これが、士業の現状である。

●「行政手続」ではなく「国民のニーズ」を考える

羊の数が増えるのを止めることは、現状では難しい。むしろ、もっと増やそういう流れだ。

規制改革が叫ばれている中で、牧草地を広げる(業務独占の範囲を拡大する)ことも困難だ。

しかし、「生えてくる牧草の質を良くする」ことは可能である。

前回述べたように、士業の仕事は3つに分類できる。

  1. 高度な知識と判断が必要な仕事
  2. ある程度の経験や知識が必要な仕事
  3. 効率化・標準化された一般的な仕事

行政手続の簡素化・IT化で、「効率化・標準化された一般的な仕事」が増え、「高度な知識と判断が必要な仕事」が減ってくると、士業の希少価値も低くなり、報酬額の減少は避けられない。

ところが、「行政手続」ではなく、「国民(依頼者)のニーズ」に焦点を変えると、事情は変わってくる。

例えば、「相続の登記」という手続だけ見れば、それほど難しいものではない。「効率化・標準化された一般的な仕事」の一つである。

しかし、「相続に関する諸問題を解決して欲しい」となると、「高度な知識と判断が必要な仕事」となる可能性が高い。

相続人間で争いがあれば、利害を調整した上で、登記の手続、税の手続、社会保険の手続、生命保険の手続、自動車登録の手続などを済ませることになるからだ。

●士業の縦割りは国民のニーズと合致しない

これから必要となるのは、手続のスペシャリストではなく、国民のニーズに応えてくれるスペシャリストである。

手続の数は限られているが、国民のニーズは日々変化し、多様化・複雑化している。ある程度の市場規模があれば、ニーズの数だけ、スペシャリストがいても不思議ではない。

しかし、「国民のニーズ」に応えようとすると、士業の業務独占(分類、縄張り)が邪魔になってくる。

士業の業務独占は、行政や法律の縦割りをそのまま反映したもので、「国民のニーズ」などほとんど考慮していないからだ。

国民は、上記の相続問題についても、「この手続は、この士業かな」「あの手続は、誰に頼めば良いの?」と混乱してしまう。これでは、非効率的で、費用も割高となる。

これからは、士業間で縄張り争いなど止めて、どうすれば国民のニーズに応えられるかを考える必要がある。

法人化、ネットワーク化、民間企業との連携など様々な手法が考えられるが、「国民のニーズ」を本気で考えるなら、「業務独占のあり方の見直し」は避けられない。

とりわけ、「手続への依存度が高い士業」ほど、「国民のニーズ」に応えることが難しく、将来の不安も大きいので、早急な対応が必要だ。

 

●成果をあげられない士業は、政府と国民から見限られる

現在、日本の電子政府では、利用率低迷の打開策として、士業の活用が推進されている。当初の電子政府では、ここまで士業に注目はしていなかったのだが、背に腹は代えられないというわけだ。

しかし、税務・登記・社会保険の3分野を見る限り、政府が期待したほどの成果はあがっていない。かろうじて、税理士が成果をあげつつあるといったところだ。

こうした状況があと何年かも続けば、「士業活用」の施策も見直しが迫られることになる。

実際、士業の活用には、リスクが伴う。

いくら士業が電子申請を利用したところで、国民が電子政府の利便性を実感することはないし、士業の希望を取り入れて機能を増やしていくと、システム構築・維持の費用が割高になってしまうからだ。

最も大きなリスクは、「士業の利益」が最優先されることで、「国民の利益や満足」が犠牲になることである。この点は、本連載で作者が強く主張してきたことだ。

「リスクの割には、成果が少ない」となれば、電子政府における士業の活用は縮小し、もっと効率的で効果的なやり方が考えられることになるだろう。

電子政府サービスが本当に良くなれば、士業が無くなってもちっとも困らない。

今でも、「士業に依頼しないで済ませている」人や企業がたくさんいるのだから、そうした人や企業を支援する電子政府サービスを考えれば良いのである。

もはや、「行政手続の電子化・オンライン化」といった考えは意味が無い。そんなものは、早いところ捨ててしまった方が良い。

「行政手続」は、単体で存在し完結するものではない。

様々な社会・経済活動の一部として機能しているに過ぎないのだ。

電子政府が目指すのは、社会・経済活動のパフォーマンスを向上させることである。

社会・経済活動において、行政がいかに邪魔をせず、活動主体となる個人や企業を支援・育成し、元気づけることができるか。そのために、「電子政府は何ができるのか」を考えていく必要がある。

以上で、本連載を終了とします。長い間、お付き合い頂いた方々に、この場をお借りして、感謝申し上げます。

“日本の電子政府が良くならない本当の理由(24):電子政府が目指すのは、士業が無くても困らないサービス” に3件のコメントがあります

  1. ご苦労さんでした。
    ひとつのお考えとしておきます。が、いまの政府・自民党では思いを達成できないでしょうね。お疲れ様でした。

  2. 連載ご苦労さまです。
    むたさん 長期連載ご苦労さまでした。
    なかなか考えさせられるとこrがあります。

    ところで、8月中にはオンライン利用促進計画の改訂版を出すと、重点計画2008には書いてますが、出る気配がないですねえ。

    なにやら、また船頭さんの多い組織を作って検討中なのですかねえ。

    :オンライン利用拡大検討チームの設置について
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/densihyouka/kaisai_h20/dai1/siryou2.pdf

  3. 今後の電子政府
    阿野さん、sagoさん
    こんばんは。コメントありがとうございます。

    電子政府推進員の協議会などで強く感じるのが、国民と士業のギャップです。

    「電子政府で、こんなに頑張っている」と主張する士業と、それを冷めた目で見ている企業等の国民側。

    これに対して、「国民や政府は現場をわかっていない」とする士業もいれば、ギャップを理解し謙虚に受け止めた上で、自分達は何ができるのかを考える士業もいます。この差は、天と地ほども大きい。

    私自身は、「本物の電子政府」について、後者の士業の方々と一緒に考えていければと思っています。

    「本物の電子政府」の実現を可能とする行政改革・政治改革の流れは、確実にあります。地方政府で実績を上げている改革が、中央政府でも起きる(一部、すでに起きていますが)のは時間の問題でしょう。

    「オンライン利用促進」は厳しいですね。利用推進も多額の税金を使うので、最も効果が高い方法を見極めることが大切なのですが、現在の政府の体制ではちょっと難しいですね。

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